[コメント] わが町(1956/日)
尺の短い半生記にはろくなものがないが、本作は見事な例外。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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年端もいかぬ子供が次のカットではいい娘になっている、というとんとん拍子の展開が繰り返されるが、これが決して走っておらず、他吉はあの複雑だった子なり孫とこのような遠慮のない関係を結べたのだなあという、しみじみとした感慨が湧き上がるのである。風呂屋での素潜りが長じて潜水夫になるといったスピーディな小ネタもハマっている。例外を通すのも才能、川島恐るべしである。
一番好きなのは、人力車の後ろを登校拒否の孫に走って追わせる件。祖父と孫との孤独の交換がとても美しく、心に沁みた。市川準は『BU・SU』でこの件を引用している、のかな。
親子三代にわたって、妊娠すると亭主がフィリピンへ行く、という運命は喜劇的だが、ジャック・ラカンはこのような繰り返しをリアルなものとしている。人は気づかないで親の人生を繰り返している、と。だからこれはリアルな作品なのだ。この運命の繰り返しが辰巳柳太郎とともに終わる・南田洋子が終わらせる(この頃の南田洋子は最高である)のが目立たないが本作の主題であり、ノンシャランなようでいて一本背骨が通っている。なお、「ベンケット道路」というラジオドラマが戦前にあり、他吉の体験は有名な話である由。
運動会のシーンなどからは確かに『無法松の一生』が目指されているのが判る。小学校の廊下の掲示に「ロウカデ シャベルナ」とあって吃驚した。俯瞰から見下ろす夜の長屋の光と影は、第一級のモノクロ美術に違いない。
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