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[コメント] 裸の太陽(1958/日)

冒頭の(クレジット開けの)ショットが、画面奥に海と海水浴場、中間に街道、手前に蒸気機関車が走る、シネスコのアスペクト比を活かした、抜群のショットだ。まるで全編を象徴するかのようだ。
ゑぎ

 とにかく、汽車、機関車のショットは、ことごとくいい。本作は、機関助士の(劇中では、ずっと「かま焚き」と呼ばれる)江原真二郎が主人公。恋人は紡績工場に勤める丘さとみで、序盤は工場の中や、丘と妹の中原ひとみの場面がクロスカッティングで繋がれる。こゝも田んぼのあぜ道や、木橋の上を歩く姉妹の仰角ショットが瑞々しい。全編、仰角俯瞰のカメラアングルも実に肌理細かく見応えがある。

 もう少し主要キャストについて書いておくと、江原の先輩の機関士が高原駿雄で、彼の活躍も十分に描かれる。また、高原は丘の義兄でもある。つまり、高原の妻は丘の姉−星美智子だ。星は身重で出産まぢか。もう一人、江原の同期で同郷の機関助士−仲代達矢、こゝまでが主要キャストと云っていいと思う。不自然なほどに陽性な江原に対して、仲代は、仲間の金を盗んだ疑いがかけられ、皆につるし上げられている場面で登場し、ずっと鬱々とした性格に描かれている。

 プロットに関して云うと、ある日の午後から翌日の夜までのわずか1日半ほどの間のお話であり、翌日が公休日で海水浴へ行く予定の江原と丘のプロットと、高原の妻(丘の姉)の出産という2つの主軸のプロットがあり、そこに、仲代の存在が江原と丘の予定をかき回す役割を担う、というまとめ方もできるだろう。

 全編のクライマックスは、機関車に急こう配の坂を上り切らせるための、高原と江原の奮闘を描いたシーケンスだ。砂まき装置が故障したため、江原は、走る機関車の最前部に身を乗り出し、動輪の前(レールの上)に砂をまくことになる。このシーンが実にスリリングなのだ。機関車がトンネルに入って行く部分が特に怖いが(疲労困憊した江原が転落しそう)、坂を上り切った後に、木漏れ日や、山間の道を行くバス、海辺といった江原のミタメショットを挿入する感覚もいいなぁと思う。

 というワケで、鉄橋を行く汽車のロングショットといった定番含めて汽車の画面にはワクワクさせられるが、本作の画面が良いのは汽車絡みだけでなく、町の中における人物の動かし方なんかもよく見せる。例えば、江原が仲代を追いかける寮の近くの通りのシーン。あるいは、「萩の宮」という名の大きな町を舞台として、江原と丘と仲代を絡ませるシーン(宇都宮で撮影されているようだ)。特に、競輪場の近くから江原と丘が仲代のあとをつけ、後景に橋(押切橋)が見える川(田川)の土手で乱闘騒ぎになる場面がいいし、終電間際の夜の公園で、江原が丘にキスするシーンも特筆すべきだろう。丘のアップでの瞬きショットに続けてロングの横移動ショットを繋ぐ呼吸なんて見事なものだ。

 その他、3度繰り返される会話の隠蔽(窓の向こうの人物が喋っているのだが、こちらには聞こえないといった無音処理)だとか、何度も唄われ、耳について離れなくなる「かま焚きの歌」や脇役陣のワンポイントリリーフの扱いなんて部分でも丁寧な作品だと感じられるし、汽車が遅れている状況で、高原が「次の駅で待っている魚が腐る」と軽口を云うのに続けて、魚を運ぶ人たちのカットを繋ぐといったカッティングにも吃驚した。ただし、こういった肌理の細かさにも、やり過ぎの部分があるとも思った。特に、終盤になって登場する江原や仲代の幼馴染、富ちゃん−岩崎加根子の描き方にそれを感じた。彼女の出番は、私には寮の食堂のシーンだけで十分だと思ったのだ。江原と別れた後の岩崎をクロスカッティングするのは説明過多だと思う。といった部分はあるけれど、全体的には、極めて丁寧に作られた、よくできた画面の映画であることは確かだ。

#備忘でその他の配役等を記述します。

・機関士たちの上長は山形勲。栄転する機関助士を送る場面の指導官で織田政雄。機関助士には、高木二朗杉義一清村耕次曽根晴美岡部正純らがいる。

・元機関士で定年退職後アイスクリーム売りをやている東野英治郎

・江原の兄は織本順吉。高原のオバサンで酒飲みの産婆−飯田蝶子がコメディリリーフ。

・列車の中で言い争う江原と丘の場面で花澤徳衛登場。キズモノの海水着を売る店の店主は柳谷寛。汽車を待つ次の駅の助役は神田隆

・丘が女子寮で水着に着替えるシーンの同僚の一人は女優時代の山口洋子

(評価:★4)

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