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[コメント] どん底(1936/仏)

黒澤版は昔(多分1990年のリバイバル公開時)に見、ラストの三井弘次が強烈に記憶に残っているのと、黒澤の中では好きな部類と認識した程度の思い入れ。本作ルノワール版には感激し、見た後、ゴーリキーの原作戯曲も読んだ。
ゑぎ

 まずは、原作とのプロット上の大きな相違点をネタバレにならない程度に書きます。一番大きな違いは、なんと云っても、原作では脇役に過ぎない(と云っても目立つ役ではあるが)「男爵」の位置付けだろう。この映画ではもう主人公ペペルと同等レベルの大役で、ペペルがジャン・ギャバン、男爵はルイ・ジューヴェ、という2人のビッグネームが当てられている(ちなみに黒澤版だと三船敏郎千秋実)。さらに云うと、本作のトップシーンでは、男爵の零落するプロセスが描かれるという点。彼が無一文になり、邸宅に椅子一つだけが残されている状況になる過程と、ペペルらのいる木賃宿の場面とがクロスカッティングされて示されるという序盤の作劇の追加だ。また、この中で、家財が差し押さえられる直前に泥棒に入ったペペルと男爵の友情の萌芽が描かれるという点。この鷹揚さ、泰然自若なシーン造型こそルノワールだろう。これらの点に比べると、エンディングの突き放しの改変や、中盤でヒロイン−ナターシャに横恋慕する警部のキャラ追加(原作の巡査はナターシャとその姉ワシリッサのオジさんだった)なんかは、小さな相違点と云ってもいいと思う(ま、ラストの改変もそれなりに大きいが)。

 さて、瞠目するショットは枚挙にいとまがないけれど、ファーストカットの、カメラ目線のジューヴェ−男爵のウェストショットで既に吃驚させられる。これが左に右に移動しながら見せるショットで、左右に歩きながら男爵と会話する相手の見た目のショットなのだ。他にも素晴らしい移動ショットの数々。例えば、男爵の邸宅でギャバン−ペペルが夜を明かしたことを示す、窓へ寄る移動ショットはクレーン撮影か。あるいは、木賃宿のセット内でのトラック移動は無数にあるし、川岸の草原で寝そべる男爵(手に蝸牛を乗せている)とペペルのシーンからアイリスで繋いで、レストランのシーンの導入部、楽団からナターシャと警部への長い横移動も凄いクレーン移動だ。

 あと、最初にナターシャとペペルの会話場面をワシリッサが見咎めるシーンの仰角縦構図−ランプ持つナターシャと階段上のワシリッサのディープフォーカスのショットをはじめとして、奥行きを意識させるショットも全編何度も繰り返される。ワシリッサとその夫−木賃宿の主人コスティレフの部屋が2階にあり、この部屋の窓やテラスから背景の広場が画面奥に見える(広場では子どもたちが遊んでいる)画面も実にいいのだ。例えば、窓の前にいるワシリッサとペペルにカメラが寄っていき、階下の広場が背景に見えるショット。この後、2人のクローズアップで切り返して「主人を殺して」とワシリッサに云わせる画面も対比が効いて奏功する。このような奥行きへの志向がルノワールらしさだ。

#木賃宿の主人コスティレフを演じるのはウラジミール・ソコロフ。後に渡米し、多くのハリウッド映画に出演する。『荒野の七人』の村の長老役は彼。

(評価:★4)

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