[コメント] 燃えつきた地図(1968/日)
実に原作通り。訳の分からない作品に仕上がってる。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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安部公房の小説というのは、なんだか常に不思議な作品であり、SFともホラーとも取れるし、又現代の世相を皮肉っているようでもあり、なんとなく本の向こう側から読者に語りかけてくるような、そんな感じを受ける。現実と虚構が入り交じり、読者に落ち着かない気持ちをさせるような。こう言う作品を「メタ小説」と言うらしいが、そのメタ小説の草分け的存在と言っても良い。本作の原作も、読者の方が主人公とどうかして読んでいると、どんどん現実生活が不安になるような、そんな作風で、著者の作品の中でも最もメタ小説としての完成度が高いものと言えるだろう。
そしてそんな小説の映画化。非常に難解というか、内容に意味が無いというか、要するに極めて“原作通り”な仕上がりになっていた。それも原作者が脚本を描き、それを勅使河原監督が持てる手法を使って全力で作ったお陰ではあるのだが、あまりにもメタフィクション性が高くなりすぎ、全く一般受けはしない作品に仕上がってしまった。
物語のフローで言えば、失われた人物を求めて都会を彷徨う主人公が、実は都会とは人を飲み込むシステムではないかと疑問を持ち始め、やがては自分自身は誰なのかという疑問にまで発展し、そこで突き放されるように物語が終わる。どこから観ても不安にしかならない物語展開で、これを「面白い」と言い切る人間はそうそうは多くない、とてもマニアックな作品だった。
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