コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 東京裁判(1983/日)

言うまでもなくこれは記録映画である。ビデオレンタルで歴史を直接「観る」ことが出来るのだ。かつて「大日本帝国」「満州国」を築き、「太平洋戦争」へと突入した20世紀初頭の日本の歴史を一望できる、実はNHK『映像の世紀』にも並ぶ貴重な映像資料だ!
新町 華終

もちろん、映画としての評価というより、その映像資料的価値としての評価ということになるかもしれないが、この記録映画は当然ながら裁判のシーンだけを写すような退屈な真似はせず、日本、アメリカによって撮られた当時のニュース映像を織り交ぜながら、まさに歴史はナマモノであり、人によって動いていく必然であるということを、その巧みな編集によって説き教えてくれている。

それにしても見応え十分。いきなり冒頭の「ポツダム会議」という歴史的重みを宿した映像に冷水を浴びせられるような感覚を抱く。チャーチル英首相、トルーマン米大統領、スターリンソ首相らが、ドイツ降伏直後の廃墟と化したベルリン郊外のポツダム(ブランデンブルグ州:旧東ドイツ領)にある小さな宮殿の門をくぐるその映像は、これから(当時の)大日本帝国という一国が勝者の論理というまな板の上に乗せられる過程を写した、生々しいまでのリアルな「史実」であった。

ヤルタ会談、ポツダム会談ともに強者の論理によって推し進められた「世界分割」であり、一方でこれが戦争終結に向けての大きなモチベーションともなったわけだが、東京裁判(極東国際軍事裁判)の場においても当然この戦勝国の攻めぎ合いの影響が色濃く出ており、そこがこの映画唯一の「ドラマ」たる部分でもある。ルールを知らなければただの石のジャレ合いにしか見えない、有段者の囲碁の対局を観てるような駆け引きと展開は、やはり本物しか持ち得ない緊張感でもあり、それがそこはかとなく愉しくもある。

すべては日清戦争から始まっていた。その後の日露戦争で日本はさらに中国東北地方(満州)の権益を掌握し、昭和不況と「対支強硬政策」「張作霖事件」「満州事変」によって満州での権益を拡大していく。「満蒙領有計画」の下に暴走の愚を犯した関東軍、それを事実上黙認した日本政府。13年間続いた満州国と言う名の幻想、それを固持するために行った太平洋戦争。全てにおいて利用される立場であることを良しとした昭和天皇裕仁。…被告席に座るA級戦犯28人の一人一人と戦争突入までの過程で起こる出来事とが有機的に絡み合い、単なる「殺人」ではない、国を挙げての「合法的な殺人」とされた戦争において、当時確かにあった「大儀」というものまでを見事に考えさせられるフィルムとなっている。

そう、個々の「戦争犯罪」はこの『東京裁判』では論点にはならなかった。先に行われたドイツ・ニュルンベルグ裁判での内容を踏襲したため、東條秀樹をはじめとする彼等A級戦犯は「共同謀議」…すなわち「挙国一致体制」でもって「平和・人道に対する罪」を犯したということで裁かれることとなったのであるが、果たしてここに「戦勝国によるエゴ」という怪物が見え隠れする。ならばどうして非人道的兵器である原子爆弾が使用されたというのにアメリカ人は誰一人罪に問われないのか?…当時GHQの検閲によって裁判記録から削除されたと言うこのシーンが、大いに後々までの「心理的な見えざる伏線」ともなっているのが、いかにも生の裁判ならではの「意外な展開」である。

それにしても起訴状を受けた後、A級戦犯:賀屋興宣(かやおきのり)元蔵相が漏らした感想が面白かったので紹介したい。

「(起訴状では)ナチと一緒に挙国一致、超党派的に侵略計画を立てたと云う。そんなことはない。軍部は突っ走ると言い、政治化は困ると言い、北だ南だと国内はガタガタで、おかげで碌に計画も出来ず戦争となってしまった。それを「共同謀議」などとはお恥ずかしい限りだ…」

.

21世紀初頭、イラク問題、パレスチナ問題によって歴史が再び鳴動を始めている。また世界的デフレ経済を戦前の動きになぞらえ、行く末を危惧する声も未だもって強い。そんな今、『東京裁判』を通じて20世紀初頭を邂逅してみることは、必ずや悲観に留まらない何らかの解決の糸口に繋がると信じて止まない。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。