[コメント] 自分の穴の中で(1955/日)
私の感覚だと、2作目『たそがれ酒場』が抜きん出た傑作だが、本作はそれには及ばないけれど、しかし、同レベルでテンションの高い画面が持続する、とても面白い映画だと思う。
主要登場人物は明確に5人いて、金子信雄と北原三枝の兄妹、その義母(兄妹から見ると亡くなった父親の後妻)−月丘夢路、この家にかねてから関係のある医者(研究医)の三國連太郎と、兄妹の父親にお世話になったと云う(書生だったのか?)宇野重吉の5人だ。この5人がほとんど均等の重みで描かれていると云えると思うが、しかし、主人公として1人をあげるとなると、やはり、北原三枝になるだろう。
良いシーンを列挙しましょう。まずは、義理の娘−北原を三國と結婚させたいと思っている月丘が、料亭で三國と会う場面。三國は「奥さん卑怯だ」と云い月丘の手を握る。すると、月丘は三國の手の甲に喫いかけの煙草を押し付ける。続いて北原が三國を呼び出し、横浜から箱根へ向かう場面では、北原が三國の手を引っ張るというシーンがあり、きちんと三國の手のショットを反復する。そしてこの箱根の場面の鏡を使った演出が凄い。三國と北原にドリーで寄っていく画面がフォーカスアウトし、さらに寄ると鏡に焦点が合い2人が映る演出。
また、序盤から新宿のキャバレー「アベニュー」の場面が何度か出てくるが、中盤、ピアノの俯瞰ショットから始まり、宇野と三國の大乱闘になる場面は恐ろしい熱量の演出だ。宇野の暴れっぷり。その前に、女給たちの席へ、ゆっくり寄りながらパンし、宇野と三國の会話とハラハラしながら2人を凝視する女給たちを見せる部分も、お膳立てとして非常に効いている。また、このシーンのピアノのBGMがカッコ良く、こゝは全編で出色の造型と思う。尚、芥川也寸志の音楽について触れておくと、全般にドラマ部分のチェンバロ一本の劇伴は、感情的に過ぎ、上手くいっているとは思えない。
そして金子信雄だ。彼は重い病気を患っており、全編に亘って、寝間でほゞ寝たきりの状態だが、義母の月丘に対して、資産(京都の土地を売った金)については「ぼくが戸主だ」と静かに主張するシーンがゾッとする怖さ。終盤には寝間から這い出て茶の間で暴れるという修羅場の演出があり、こゝのテンションも凄い。尚、金子にも、彼の妹−北原の手を握り、その手からトラックバックするという手を強調するショットがあることも指摘しておきたい。
さて、主人公は誰か、という疑問に戻るが、本作の開巻は宇野の場面であり、砂川町(立川)の横穴に寝ているという奇矯な登場シーンが与えられ、機関銃の部品を作っている会社に勤めているような科白があったり、米軍機だろうかジェット機の飛行音が彼の象徴みたいでもあるといった(これは穿った見方だが)、微妙に反戦イメージが付加されている。また、5人の主要人物の中では、宇野がまだ一番一般的な感覚で大人しく奥ゆかしく、ヘタレであることを嫌う観客もいるだろうが、応援したくなる人も多いだろうことが想像できるキャラだ。本来は、この人物にもう少し比重を置くべきだったのかも知れない。対して三國と北原の憎まれ役の造型が勝ちすぎているようにも感じられてしまう。
あと、開巻は宇野のシーンだが、ラストは北原だ。このラストシーンの北原に対するきめ細かなカット割りも特筆すべきだろう。最後に書くことになってしまったが、本作においても北原のルックス、特にスタイルの良さは見どころで、彼女のフルショットには目が釘付けになる。洋装のフルショットでは、日本映画界にあって同時期の誰よりも抜きん出ていたのではないかと思えてくる。
#備忘でその他の配役等を記述します。
・冒頭、砂川町で宇野に職務質問する巡査は土方弘。
・金子を捨てて逃げた元妻は利根はる恵。金子のところに来る株屋の清水将夫、医者は左卜全。
・三國の女性関係。序盤の看護師は若き関弘子。中盤現れる女性は広岡三栄子。
・月丘を慕っている女中に木室郁子。
・新宿のキャバレーの女給の中に明美京子がいる。
・北原らが住む屋敷は渋谷区松濤にある設定。前にホールのような建物が建設中。
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