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[コメント] われ幻の魚を見たり(1950/日)

いかにも明治の人間が喜びそうな夫唱婦随の立志伝。控え目に云って苦手だが、端々の描写に明治大正の含蓄が篭っているのが見処。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







十和田湖で鱒の養殖に成功した大河内伝次郎演ずる和井内貞行(わいないさだゆき)を描く。伝記は戦前の教科書に掲載され、地元では神社に祀られている由。

映画では養殖への大河内の動機がよく判らないところがある。明治、十和田湖に魚はいなかった。冒頭、それを知らないらしい大河内の息子が、病床の母小夜福子に魚を与えようと湖に分け入って遭難、捜索隊が松明持って探し回って遺体を見つける。この事件が大河内の養殖にかける情熱の動機だった、ということなのだろうに、しかし不思議と、この件はその後顧みられない。そしてこれ以外に、大河内の一家貧困のなかでの情熱の在りようがよく判らない。

明治16年に十輪田鉱山には4千人の従業員がいる。大河内はここに最初に就職するが、閑職なのか自分の机に養殖の研究本並べている。宴席では明治の田舎の踊りが踊られ、明治のいろんな唄が歌われるのが興味深い。その後閉山して従業員や家族は山を降り、大河内の一家だけ留まって、十和田観光のための旅館を細々と営んでいる。名家が旅館とは何事と因縁つける小夜の親戚はまだ丁髷結っている。

病弱の小夜福子さんの内助の功が大々的にフューチャーされる。伊藤大輔は戦前、女子高の教科書で和井内を知って企画を温めたらしく、夫唱婦随が主題なのだろう。大河内は必ず小夜に相談し、小夜は必ず貴方のお考え通りにと応える。リューマチを亭主に隠し、雪の中で豆腐売りして倒れる。食事は貧しく小夜は食べない。飼犬にも食事出せなくて、余りに鳴くので息子の片山明彦が山に連れ去る、息子は犬を殺したのだろうかと家族が戸惑うという居た堪れない件があった。それでも小夜は、新しい品種求めて旅したいと申し出る大河内に、18年前と返事は同じと応え、何と飼犬まで嬉しそうにワンと鳴くのだった。

大河内は変人に思えてくるのも止むを得まい。アイヌ産のカバチップなる鱒を北海道でゲットして放流、小夜に働かせて、自分は湖の畔に櫓つくって毎日湖に目を凝らして過ごす大河内はやはり変人に見える。このまま失敗したほうが映画としては盛り上がっただろう(そんな人もいたはずだ)。2、3年で戻ってくると聞いていたのに戻らず、廃船に落葉が溜まるショットが印象的である。片山が出征して戦死の手紙になって戻ってくると同時に(4年後に)鱒が還ってくる。「サダトキがカバチップ連れて帰った」と大河内が叫び、殺されなかった飼犬が駆ける。最後は表彰された大河内が、山道をショートカットすべく山腹よじ登るも小夜の死に間に合わず、というやり過ぎで終わる。

最初、鯉の養殖に成功するのだが、すぐに鱒に切り替えて失敗続き、という展開は説明がなくてよく判らなかった。鯉では食料にならないということだろうか。序盤に養殖の障害となるのは「十和田清流大権現教」なる宗教団体で、十和田湖に魚がいないのは大権現が生臭さを嫌うからと説明される。大河内が放流始めると大勢が松明持ってほら貝吹いて大河内の家の周りを回っている。仏教の行き過ぎた肉食禁忌は職業差別を誘発した訳で、ここにもその一例が示されている。山本礼三郎の郵便局員の変遷も面白い。最初は天秤で籠担いでいて、最後は軍隊式のユニフォームを着ている。

(評価:★3)

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