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[コメント] プライド・運命の瞬間〈とき〉(1998/日)

主戦場』で有名な加瀬英明が製作委員会代表の、基本は日本会議系列の生臭さ映画だが、東條が私は(米英には犯罪者ではないが)日本人には犯罪者と告白し、昭和天皇批判まで始まるのは驚き。1点加点。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







加瀬はいまやトランプ支持者になった本邦のウルトラ保守だが、90年代には反米を語っている。史実に沿っている訳ではなく、監督の願望の科白まであるらしく、真面目に観る気になれない(その点だけは『東京裁判』は間違いはない。意図的な編集は多いが)のだが、アメリカの無差別空襲は免罪されないという主張だけは同意できる。

加瀬は『南京の真実』も賛同者の由。代表委員を務める日本会議の設立10周年大会で「日本民族が先の戦争を戦ったことによって、数百年にわたって抑圧されたアジア・アフリカ諸民族を解放した」と述べ、日本の戦争行為を「偉業」と称えた(Wiki)お方であり、映画はその線に沿って物語られる。

41年、天皇皇后の御真影。津川雅彦の東條が帝国帝国と連呼する開戦の演説。坊主頭と丸眼鏡から『非常時日本』の荒木中将が思い切り想起される。「建国2600年、我らは未だかつて、戦いに敗れたるを知りません」。

敗戦後も前田吟は東條を総理と呼んでいる。逮捕の日、東條は自決に失敗、妻は列車内で「日本人の面汚し」と噂されるのを聞く。弁護人の奥田英二(この人の老け役の演技はコメディに見える)に対して、東條はいま自分は「生きて虜囚の辱めを受けている」と告白する。

「結果の判った裁判をする意味が判らん」とも云う。これは他でも聞いたフレーズだ。東條は自分を有罪と認めている。弁護士は「日本民族に対して閣下は有罪です。しかし米英敵国に対して有罪ではない」と説いて東京裁判。

弁護士は動機を提出する。当裁判所には平和、人道に対する罪について捌く権限がない。相手側が云う、無条件降伏の歪曲だ、ポツダム宣言には戦争犯罪人の処罰が含まれる。いやそれは日本の軍隊であって日本政府ではないとの反論がある。戦勝国が敗戦国を裁くのでは公平は期待できない。国際法で戦争自体は合法だと日本の弁護団。この主張は終盤のボースも繰り返して却下される。(パリ不戦条約がある)。

大川周明の発狂の真似は初日に纏められているのが唐突。これ演じるのが石橋蓮司は芳しかった。路上で巣鴨送迎のバス止めて包丁で割腹自殺する戦争未亡人烏丸せつこも凄い。戸田菜穂はあの人の気持ち判るわ被告人は無罪と云って逃げるのか恥を知れ弁護なんか必要ない縛り首でいいのよ、と語る。東條の前に未亡人ハラキリの幻影がお能の謡とともに甦り東條の顔には般若の文様。日本人には有罪というこれら描写は伊藤初期の傑作を回顧させるものだった。被害者意識しかない小林『東京裁判』よりずっと立派。これだけやればいいのに。

連合国側に有利な発言する田中隆吉少将(島木譲二は本物によく似ている)は米側に酒呑ませて貰っているし、裁判長とキーナンは相談して、キーナンにこの裁判は何か後ろめたい、被告のほうが威厳があると語らせている。キーナン判事は偽装文書で溥儀を陥れようとして失敗し、巣鴨でシカゴでのギャング退治の手口でしょうと噂されている。こういうのが虚構、やり過ぎなんだろう。

南京の虐殺、アメリカの伝道師や外科医の証言に対して、伊藤清村田雄浩は私服に着替えた兵隊だったと主張している。中国兵がそうするのは史実で、だから虐殺していいとはならないだろう。このとき裁判長は暑いからエアコンがつくまで休廷と宣言しているがこれ、本当の話だろうか。裁判長は寛ぎながら証人の質を愚痴を云っており、偽証を匂わせている。これはアメリカの策略、最悪の国家にされてしまうと東條。負けたからやられているんですと弁護人。悪だくみに立ち向かわねばならん、わが国の名誉だけは守りたいと東條。南京虐殺は信じられんと叫び、映画はアメリカの証人の証言が伝聞だと批難するが、東條の意見だって伝聞だろと思わされる。

東條の口供書に基づくキーナン判事(彼の涙目の演出が異様だ)の尋問。アメリカの軍事的脅威、ハワイへの艦隊集結や周辺での飛行場建設が日本を戦争に向かわせたと答える。事後の法廷があれば、北朝鮮ほかへの軍事演習は全部こう回答されるのだろう。中国への派兵増を問われて別問題、筋違いと東條は回答するが、これは惚けているように聞こえる。

天皇訴追の動きがまだある、天皇の御意志に反して戦争を始めたと云えと弁護士。ピンスポ当てられた東條は絶叫の演技のあと引き受ける。「許されない私の魂は、怨霊となって彷徨うしかないのか、平将門のような」と狂ったように笑っているが東條が化けた話は聞かない。天皇は「しぶしぶご承認になった」及び開戦の詔にも述べられていると法廷で答える。しかしするとこれは天皇を庇ったのであり、天皇は命令したのを隠したのだ、ということなんだろうか。死刑実施は皇太子の誕生日と映画は恨み事を述べているが、こういう日程設定はアメリカの得意技ではある。終戦記念日に横須賀に軍艦入港させたりするのだ。

聖戦と信じた大鶴義丹が被告証人でさっさと退廷させられ、下手糞な英語でインド独立運動を支援したらしいが特に描写もなく47年ニューデリーはインド独立のお祭り騒ぎに参加している。ここはチャンドラ・ボースも無罪と決めたと語るだけで印象薄い。インド政府は本作への協力を拒否した由。

(評価:★2)

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