コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 落下する夕方(1998/日)

欠けた家族とかぐや姫の物語。上品な映画。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







30数年ぶりの再鑑賞(初めてのスクリーン鑑賞)でレビュー全面改訂。実は★5からダウンさせたけど、つまらなく感じたわけではない。今の目で見ると、原田知世&菅野美穂&国生さゆりって、なんだか意外な組み合わせだと思うのは俺だけかな?

上品な映画です。江國香織の原作も上品なら、合津直枝の演出も上品、主演の原田知世も上品です。今となっては「時代」を感じる部分もないわけではありませんが、一歩間違えたら韓国ドラマみたいな下卑た話になりがちな設定を、上品さで踏みとどまっている印象。

私はこの映画を「静かに失恋していくまでの物語」だと、長いこと思っていました。今回再鑑賞したら、「逃げていた(目を背けていた)物事を直視するまでの物語」だということに気づきました。事故に遭って不随になった友人を避けていたという原作にないエピソードもそうですし、国生さゆりのエピソードもそうです。そして「失恋」自体もまた、彼女が目を背けていた事実なのです。

もう少し言うと、この映画、やたらと「子供」が出てきます。お祭りまで子供神輿だしね。これは「家族」からの逃げ、言い換えると「女は結婚して子供産むのが当然」という(当時の)風潮に「目を背ける」女性たちの物語のようにも思えます。原田知世に限ったことではなく、菅野美穂も国生さゆりも同様です。おそらく、江國香織の視点というよりも、ゴリゴリ仕事人(だと思う)の合津直枝の視点なのかもしれません。

例えばこの映画、何度か口の端に「すき焼き」が上りますが、一度も食べられないんですよね。これはたぶん、『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』的なコメディーではなく、「すき焼き(あるいは鍋)」が「家族」の象徴だからだと思うのです。この「家族」に関する点をもう少し深掘りすると、原田知世は父親が亡くなっている設定、菅野美穂は母親が亡くなっている設定と、「欠けた家族」なんですね。途中出てくる日比野克彦もそうだな。てゆーか、なんで日比野克彦なんだよ。

別の新発見。菅野美穂に焦点を当てると『ティファニーで朝食を』「ホリー・ゴライトリーの物語」だということに気づきました。この映画の菅野美穂の「物語」が重なります。岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』でCoccoが演じた役にも重なります。シンデレラ物語の『ティファニーで朝食を』と、浦島太郎物語の『リップヴァンウィンクルの花嫁』と、竹取物語の『落下する夕方』が繋がったことに、自分で書いておきながら驚いています。そうです、この映画(の菅野美穂)はかぐや姫なのです。

原田知世が「月の裏側が見たい」と言いますが、菅野美穂の「素性」が月の裏側に相当します。「実はかぐや姫は月の世界で罪を犯して地球に流された」と渡部篤郎が話しますが、菅野美穂が幼い頃に弟をケガさせてしまった話が、彼女の「罪」に相当します。そんなかぐや姫は、突如この世界に舞い降りて、周囲を翻弄して去っていくのです。

最近、シスターフッド映画が多いように感じられますが、この映画はその理想形に思えてきました。今時のシスターフッド映画はことさら「女性同士の絆」が描かれますが、この映画は、菅野美穂の「竹取物語」は原田知世が(映画の構造上の)「語り部」として機能し、原田知世の「直視するまでの物語」では菅野美穂がカンフル剤として機能する。つまり、「女性の絆」という一つの物語ではなく、それぞれの物語に互いが関与し合っている。まあ、間に「男」を挟んでいますがね。

少し余計な感想を言うと、今観たから思うのかもしれませんが、少し菅野美穂が浮いてるんですよ。私が思うに理由が2つあって、一つは合津直枝が「小悪魔女子」の描写が下手なこと。今時は「女性だから」って言ったら怒られるんだろうけど、実際小悪魔女子に騙された経験のある男の目で見たら全然。まるで空想上の生き物みたい。

もう一つの理由。終盤、「バンビ」の話なんかを独白する菅野美穂なんかが真骨頂なんですが、この頃の菅ちゃん、全部持ってっちゃう悪癖があったんです。『エコエコアザラク』なんて、主役でもないのに全部持ってっちゃうからね。私は「大竹しのぶタイプ」と呼んでいますが、周囲と関係なく自己ベストを演じるタイプ。ちなみに、何でも周囲に合わせちゃう目立たない主役「田中裕子タイプ」というのもあります。実は宮崎あおいがそう。『NANA』で一番感心したのは「こんなレベルの映画で浮かずに下手に見えない宮崎あおいが凄い」というのが最大の感想だったもの。

え?原田知世?今回改めて気づいたけど、実は「桃井かおりタイプ」だった。何を演じても、桃井かおりは桃井かおり。原田知世は原田知世。

(2022.05.25 神保町シアターにて再鑑賞)

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。