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[コメント] 無防備都市(1945/伊)

出てくる一人一人の表情がもの凄く良いのです。レアリスモ云々ではなく、一個の作品として傑作。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 大戦中のイタリア国内の現状を冷徹に描いた作品で、その点にあって極端なリアリズムを持つ作品となった。レアリスモ云々ではなく、間違いなく一級のエンターテインメント作品としての傑作だろう。

 本作には色々と画期的な要素が含まれるが、一番素晴らしい点は、ここに登場する人々の表情ではないかと思われる。

 すでに戦争が長引き、市民の自主性が奪われて長い時間経過している。恐らくは近隣の住民の何人かは反逆分子として警察に引っ張られていただろう。そんな時代では、市民の表情は疲れきり、無表情になる。人と違うと言うだけで危険なのだから、そちらの法に精力を取られてしまうと、一様に顔は無表情になるものだ(日本では最も近いのは学生時代だろう)。これは市民だけでなく、警察官も一様。個人的な恨みを引き受けるのにくたびれきってしまう。冷徹に人を裁きつつ、その裏で、酒と女で紛らわせるシーンなんかは、妙にもの悲しいものがある。

 そんな無表情な中、変わった表情を持つ人間もいくつか見られる。

 一つは子供。純粋な気持ちで正義を信じる彼らは、自分たちを迫害するものや、自分の親を奪ったものに対してストレートに反抗する。はっきり意思を持ち、自分の敵に一矢報いるためにはどうすればいいか、一生懸命考え、仲間を募り、一種の愚連隊のようなものを作る。子供の頃には作る、一種の仲間意識にも支えられ、彼らは大人も思って観ないようなアイディアを練っている。その仲間意識に結ばれているため、その目は暗くとも意思にあふれている。

 もう一つは革命家。本作の主人公でもあるマンフレーディは警察から長く逃げまわっているが、意思力は途切れておらず、精力的な表情は崩さない。市民の中に紛れ込む必要があるために、なるだけ目立たぬようにだけはしているが、それでも、意思力を持った表情をしている。彼を影にひなたに支援している神父や、市民の表情も、どこか怯えはしてるが、時に決然と物事に対処しようとしている。

 そして、重要な要素として女たちがいる。彼女たちが一様に見せているのは、奇妙にアンニュイな表情だった。これは他の市民のように諦めの表情ではなく、かといって積極的に何かをしようとしているのでもない。

 女性の描き方は少々複雑。特に本作に登場する女性は特殊な仕事をしているので、彼女たちはゲシュタポにもレジスタンスにも深く関わる事になる。そんな彼女たちの描かれる表情は、様々に変化する。特にミキ演じるマレーナにそれが顕著に表れている。基本はなにもかもに興味を無くし、アンニュイな表情でなにもかもを受け入れている。表情を見せるのは気分を高揚させるための薬を求める時くらいで、後はほとんど誰に対しても一様に無表情で通している。

 それに対し、愛人であるマンフレーディに対しての表情はまるで変わっていく。ゲシュタポの保護を受ける立場で、最も危険な位置にいても、愛する人であれば、それがレジスタンスの一員であっても喜んで受け入れる。それが綱渡りであっても、それを進んでやりたがる。

 要するに愛するということに全ての価値観を置いているということになるか。

 この二重性こそが彼女のミステリアスな雰囲気を作り出していて、それがこここに描かれる女性たちの魅力になっている。1930年代にはヨーロッパの女優がハリウッドでもてはやされた時期があったそうだが、この気だるい表情こそがアメリカ人女性にはない魅力となっていたのだろう。

 だから愛というものに裏切られた時、彼女は破滅に向けて動き出す。この作品の最大の見所は、彼女の心の動きと、それによって引き起こされた取り返しのつかない事態があるだろう。

 そしてこの事実があるからこそ、本作はネオ・レアリスモとは一線を画するドラマ性が生まれるのだ。

 こういった様々な表情を持つ人間たちが時に接触することによって話は展開していくのだが、それが収斂していくラストシーンは「見事」の一言に尽きる。

 本作はハッピーエンドには終わらない。むしろこれを中途半端と見る向きもあろう。しかし、この収斂こそが本作の極みだろう。マリーナの裏切りで話は急展開し、レジスタンスの一斉検挙、慎ましやかな幸せから一気に不幸のどん底に追いやられる市民、主人公の拷問死、神父の銃殺と、話は畳み込むかのように展開していく。

 神父の処刑を見ていた少年たちの最後の表情こそ、本作の意義というものをはっきりと感じさせてくれるものだ。これでは終わらない。炎を心に秘めた、次世代を担う子供たちがいるのだから。

 この映画は戦後イタリアのいくべき道を指し示す、一種歴史を作った映画と言えるだろう(映画史に大きな足跡を残したことは無論だが)。映画を学ぼうと思う人にとって、必須の作品の一本だ。

(評価:★5)

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