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[コメント] トラベラー(1974/イラン)

サッカーをする少年たち。建物の狭間の小さな土地。小さなゴールと小さなボール。ゴールとボールを片付ける少年−ガッセムが主人公。画面奥へ走って行き次に画面奥の門から手前へ走って来る。走る少年の映画。
ゑぎ

 また、この小さなサッカーのゴールが、中盤で良い働きをする。こういった作劇は細部に亘ってよく考えられている。学校の先生の部屋で体罰を受ける−棒で手のひらをしこたま叩かれるガッセムの叫び声が、授業中の教室でも聞こえており、友達のアクバルの不安な表情がアップでとらえられる。さらに、授業は心臓の働きと血液の循環についての(理科の)内容であり、ガッセムの手の痛みの強調になっている、というのもよく練られた設定(作劇)だと唸らされる。

 こういったプリプロダクションにおける設計の良さだけでなく、(多分)撮影現場での演出−時間の使い方に拠ると思われるスリリングな場面もある。例えばガッセムが深夜バスの出発まで自分の部屋で時間をつぶす場面。競技場で最後列に並んだあと、後ろの人に小突かれながら、切符売り場まで進んでいく場面。あるいは、上で書いた、少年たちが道を走るショットの反復もそうだが、ガッセムとアクバルが、壊れた(?)カメラで写真を撮ったフリ(詐欺行為)をし、荒稼ぎしようとする場面における、子供たちのショットの連打のような、茶目っ気のあるユーモラスな演出も共存している。

 ただし、本作には3、4回ズームインのショットがある(サッカーの試合に負けて友人から責められるガッセム、ガッセムのミタメで母がしているブレスレットのショット、終盤のダフ屋の男へのズームなど)。いずれも、私の感覚で云うとズームなんか使う必要のない場面だと感じる。この中で、ガッセムが家の中の金目の物を探しているシーンで使われる、母のブレスレットに対するズームは、あまりにアザトイものであり、これは、ユーモアを企図した演出なのかも知れない。私は、俯瞰のラストショットも「突き放し」以上にアイロニーの強調を感じる。あと、70年代日本映画の劇伴みたいなテーマ曲も効果を上げるが、抒情的というか通俗的にも思う。

(評価:★3)

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