[コメント] AMY エイミー(1998/豪)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
エイミーが歌にしか反応しない以上、 必然的に警官も、隣人も、受付嬢も、 歌うことでエイミーに語りかけ、捜索し、 トイレの位置を教えることができます。 エイミーはといえば、 歌うことでホットドッグを買って空腹をしのいだりします。 ミュージカルの定義が、「セリフを歌う」だとするならば、 これはミュージカルになりますね。
よく、タモリが「ミュージカル嫌い」であることを表明しつつ、 「ミュージカルには歌う必然性がない」と言っていますが(笑) そういう人にも納得のいく設定だと思います。 ですがこの映画、わたしはミュージカルだとは思わないのです。 セリフではなくて、エイミーに向けて語られる言葉が歌なのであり、 エイミーが語る言葉が、歌である、ただそれだけのことだと思うのです。 ミュージシャンがギターで歌うシーンはともかく、 歌に伴奏がつくわけではないですしね。
だからこそ、ふつうのミュージカルよりも、 歌に込められた意味は強烈なものとなっています。
また、エイミーが部屋の隅に座り、 身体を前後にゆすっているシーンが何度か挿入されますが、 これはものすごく、怖かった。 おどろおどろしい怖さではなくて、 小さい女の子が必死に何かに耐えて、耐えて、 耐え切れなくて身体をゆすっているのだ、と伝わって、怖かったのですね。
隣人も、「変な人たち」で固められていました。 神経質に水を撒くおばあさん。 自分の息子や妻に手をあげるのみならず、そこに居合わせたエイミーまで追い回すアル中のオヤジ。 車の改造に命をかけている二人の若者。 「マジ切れ」して火炎放射器をぶっ放す女。 アル中オヤジは置いといて、 そのほかの隣人たちはみな、エイミーのために歌います。 エイミーに語りかけるには、 歌うしかないから、彼らは歌うのです。 もう一度言います。
これはミュージカルではない、だが、最もこころに響くミュージカルである。
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