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[コメント] キッチン・ウォーズ 彼女の恋は五ツ星(1992/米)

四つん這いのダイアン・キャノンの尻を見てニヤけたのはクリス・クリストファーソンだけではない。五ツ星り。
黒魔羅

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 なぜ、アーノルド・シュワルツェネッガーは初監督作品に陳腐なキャプラ風味の中年男女恋愛喜劇を選んだのだろうか?

 本作の主人公エリザベスは料理番組のホステスかつ理想の母親像としてテレビの人気者だが、実際のところ料理はまるっきりダメの孤独な未亡人である。周囲の期待する人物になろうと必死になればなるほど、本来の自分から離れてしまい悩んでいるのだ。

 このヒロインの中に自分自身を見出したからこそ、シュワは初監督の題材に選んだのではないか。世間に“アクション・スター”のラベルを貼られ、大型大味映画の主役に据えられ、興行的な失敗を許されないというタフな立場に居続けたシュワは、ただひたすら周囲の望む型枠に自分を押し込みいびつなカタチのまま堪えて堪えて、しかしそれを周囲に悟られまいと笑顔を振りまいて(映画の中では仏頂面だが)生きてきたのだと思う。いい人なのだろう。

「本当のオレはこんなじゃないんだ!」本作のヒロインの煩悶はシュワの心の叫びを間接的に伝えている。自分が主役で同じ題材を監督することもできたのかもしれないが、あえて出演をしなかったのは主張が露骨になることを避けたかったのだろう。当時ナンバーワンのアクション・スターだったシュワを支えていたのは、ラベルを貼ったファンや出演機会を与えてくれた映画会社であることをシュワ自身がよくわかっていたから。自らを否定するような作品を発表することが彼らへの裏切りになると思えばこそ、自分は出演をせずにすべてを作中のヒロインに託したのだ。何という気遣い。きっといい人なのだろう。

 自らメガホンをとった本作のヒロインを通じて、シュワは気付いて欲しかったのだ。本当の自分を。しかし世間は鈍感だった。いやそれ以前に、この作品がまるっきり注目されなかった(ちなみにCinemaScapeにおけるシュワ映画では本作の採点数が抜きん出て少ない)。

 それでもシュワはどうしても言いたかったのだろう。そして自分の言いたいことはアクション映画に自分が出演しない限り伝わらないと考えたに違いない。

 翌年夏の超大作『ラスト・アクション・ヒーロー』で、ジャック・スレーター(シュワ)がアーノルド・シュワルツェネッガー本人に「お前は嫌いだ…俺を苦しめて」と言った理由はここにある。自分がプロデュースした作品で「こんなヒーローは限界だ」とぼやくシュワを見るに及んでようやく、観客は彼の本懐を知ることになるのだ。

 もし『ラスト・アクション・ヒーロー』が高評価だったら、シュワを巡るハリウッドの流れは一転したかもしれない。しかし多くの観客は「何コレ?シュワもう終わったな」といった否定的な反応しか示さなかった。『ジュラシック・パーク』と公開時期が重なることを恐怖したソニー・ピクチャーズによって、公開日をズラされた屈辱もシュワには辛かったことだろう。つまりシュワが裏切るまいとしたファンや映画会社に、シュワの方が裏切られてしまったのである。

 結局『キッチン・ウォーズ/彼女の恋は五ツ星』と『ラスト・アクション・ヒーロー』で吐露したシュワの本音は悲しいかなファンや映画会社に無視されてしまったわけだ。

 だが、周囲に命ぜられるままに踊らされ続けてきた男が自分の意志で踊った、このことの意義は大きい。『キッチン・ウォーズ/彼女の恋は五ツ星』と『ラスト・アクション・ヒーロー』がシュワのフィルモグラフィーの中で際立った異臭を放っているように感じられるのはそのためだ。この2作以後も、以前と同様あいもかわらず大型大味映画の主役を張り仏頂面でアクションするシュワには何の変化もないように見えるかもしれない。しかしぼくには、近年のシュワの仏頂面がどこかアルカイックな深度を増しているように思えてならないのだ。

 つまるところ、“本当の自分”というのは“自分が思っている自分”以上に、“周囲が思っている自分”が重要なのだろう。自分の中の自分ではなく、他者との関係における自分こそが本当の自分なのだ。『トータル・リコール』に出演したシュワのことだ、この結論に到達するのは容易かったに相違ない。

 ちなみにこれは釈迦の思想である。なるほど仏頂面なわけだ。

(評価:★3)

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