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[コメント] 緋牡丹博徒 お竜参上(1970/日)

‘やらせの加藤’(と私は呼ぶ)の一番悪い所が出た。‘やらせ’と‘演出’の線引きは難しいが、不自然さ、これ見よがし的な物は‘やらせ’といってよいだろう。更に自身が不得意と思っている脚本もやらされ、その悪癖が如実に表れた。以下、その他諸々。
KEI

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







そもそもの発端は、前回(第5話)が人の生き方なんぞを問う物語(脚本:実力派笠原)だったので、東映内部で「モーパッサン(女の一生)じゃあるまいし、難しい話はやめて、エロもグロも入れて、誰もが分かる娯楽作にしようぜ」になったらしいことだ。なぜそんな意見が出たかは、後で触れる。

それで白羽の矢が立ったのが、加藤。そして脚本も(本人は得意でないので嫌だったが)、時間もなく、やれとなってしまったのだと推測する。元々加藤はアイディアはいいのだが、それらをつないで1つの物語にするのは不得意な作家なのだ。

案の定、手際の悪い展開、説明ばかりの長いセリフ等すっきりしないホンになってしまった。更に決定的なのが、物語の破綻だ。

‘手打ちのシーン’以後を追ってみよう。

手打ち式に熊虎が乱入、悪者鮫州が指を詰め、その場は収まる→ その後すぐにお竜は‘急な用事’で熊虎の馬車を借りる→ お竜の駆る馬車、橋の上で待ち伏せされ、銀次ら相手に乱闘→  劇場で、佐藤とキミが帰ってこないと騒ぐ。TELが鳴り、相手は指を詰めた手に包帯した鮫州、「佐藤とキミを捕えたぞ。権利書、実印と引き換えだ」→ 鮫州組の家の中。佐藤とキミを痛め付ける。そこへお竜殺しに失敗した銀次が帰宅。彼は恋人キミをかばって鮫州にたてつき、逆に殺される→ お竜の味方の代貸が権利書、実印を持参→ 銀次の死体を片付けて、1Fで捺印→ 家の外、お竜が馬車で来る。馬車の上から屋根へ、家の中へ。→ 階段の上に立ち、銃を持つお竜。タイトルの、「お竜参上」だ。

さて、注目するのは、最初のお竜の‘急な用事’とは何だろう、だ。前後から考えるに‘佐藤とキミの拉致’しかないのだが、さて彼女は拉致をいつ知ったのだろう?

1つ考えられるのは、手打ち式の直後、鮫州が式場からTELで子分に2人の拉致とお竜殺しを命じた、そしてそれをお竜がこっそり聞いていたと解釈することだ。だが、そうするとお竜が馬車を借りたことを知らないので、橋で待ち伏せは出来なくなる。いや、馬車借りを今度は鮫州側がこっそり見ていて、馬車で帰るならあの橋を通るから待ち伏せしろと再連絡した、と考えれば、これで話は通じた。

おっと、もう1つ訳のわからないシーンがあるのだ。権利書を持ってきたのは、お竜の味方の代貸なのだ。が、彼は手打ち式にも出席していた!彼は、いつどうやって、お竜より早く帰れたのだろう??そういえば、鮫州も意外と早く帰っている気がする・・・。

これ以上無駄な紙面使いは止めて、正解らしい解釈をしてみよう。

簡単な事だ。アイディアだけの加藤監督は、タイトル通り「お竜参上」にこだわったのだ。どうしたらカッコいいか、熟考の結果、2Fから拳銃を持って現れるというシーンにしたのだ。

もう分かっただろう・・・。彼はそのシーンから手打ち式まで逆にたどって行き、再構築したのだ。そしてつじつまの合わない点は無視することにしたのだ。

まあ、やくざ映画だし辻褄は合わなくても藤が出て、カッコよければそれでいいよ、と言われるファンの方もおられるかもしれないが、その藤は加藤と現場でよくもめていたと聞いている。このいい加減な監督なら、さもありなんと思うのだ。

そして以下、その加藤の本作における隠された秘密に迫ってみよう。

実は一部で本作が傑作だという噂話を聞いた。しかも、これも一部だがシリーズ最高の呼び声も高いという。それはミカンが転げる(やらせの加藤らしいが、印象には残る)一連のシーンがあるからだろう。私も最初見た時にいいなあと思ったが、何かが引っかかった。2回目見た時に、気付いた!文太が突然、言うのだ。お竜から目をそらして橋の下の川を見つめ、「川があるんですよ」。はあ、何?「私の故郷にあるんですよ。」そして「あなたは優しい人だ」。な、何を言っているんだ、この人は!?

これで分かっただろう。文太にわざとカッコつけさせて、本当の所は加藤は実は笑いを取っているのだ!

話は少しそれるが、こんな想像をしてみた。ミカンのシーンの後だ。加藤「更に去る時、雪で滑って尻餅をつくのはどうだ」。文太「それじゃ、寅さんですよ(‘男はつらいよ’は前年69年〜)」と二人で笑いあったのかも。何故かというと、橋を去る時文太は滑りそうで、下を向いて笑いをこらえているように見えて仕方がなかった。皆さんもそうは見えませんでしたか。

はあ? ではなぜ笑いを取るんだ?という疑問が当然生まれるだろう。加藤は一体何をしているんだ?

それを説明する前に、当時の加藤のおかれた、いや東映?の状況を簡単に説明しよう。当時辣腕で知られる岡田茂映画本部長は東映立て直しの為に、色々と手を打っていたが、それに沿って加藤に任されたのは、?大衆に受ける物―エログロ、笑い何でもOK ➁鶴田、高倉と来た第3の男文太(前年69より現代やくざシリーズで人気上昇中)の売り出し、だ。

で加藤の出した結論は、文太の役柄を、実力はあるがすぐにカッコ付けたがる面白い男、にしよう(或いは、面白い男だが実力はある)としたのだ。文太は早稲田大学中退で頭も切れるし、小業も出来る俳優だった。

ということであの雪の橋のシーンが出来たのだ。

そういう見方をして考えると、加藤の低過ぎるアングル、大きすぎるクローズアップも、わざと受けだけを狙って加藤はやっていたのに違いない。

長くなってしまった。そろそろ結論を言おう。加藤監督よ、色々会社内での立場もあっただろうが、下手なカッコ付けは私は好きではない。それは横に置くとしても、物語の辻褄だけは合わせてほしい。私は物語を最重要と考えている。そこに物語がないなら、映画にならないと思う。私の言いたいのはそれだけだ。

(評価:★1)

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