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[コメント] 刑事グラハム 凍りついた欲望(1986/米)

原作の美点を損ない俗化する単細胞的脚色。グレアム(ウィリアム・L・ピーターセン)が妙に熱い正義漢ぶりを見せて感情を露わにするのが鬱陶しい。彼を単純なマイホーム・パパに仕立てることで物語の安直化を図る根性が気に食わない。音楽が最低。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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航空機内で眠りこけたグレアムが、捜査ファイルの無惨な現場写真を広げたままにしてしまい、隣席の見知らぬ母娘を脅えさせてしまうシーンなど、一家惨殺という犯行のおぞましさを演出しようという意図は分かるのだが、これではグレアムが、無神経で締りのない男に見えてしまう。グレアムのマイホーム・パパっぷりも、原作小説既読の鑑賞者を白けさせる。原作ではもっと複雑な人間関係が描かれていたのだが、その微妙な感情の綾や陰影は完全に放逐されている。

グレアムと息子が食料の買い出しに出かけるシーンでは息子が、グレアムとレクター(ブライアン・コックス)との過去などを訊ねるが、陰鬱な表情を浮かべた父に向かって急に話題を変え、「コーヒーは?パパこれが好きだったよね」とか何とか声をかける。この台詞はおそらく、妻子と一時別れて犯人を追うことを決意したグレアムがカフェで、見えざる犯人に向けて宣戦布告する独り言に「何でしょう?」と声をかけた店員に、何でもないと告げてコーヒーを注文する台詞の伏線になっている。一人でコーヒーを飲むグレアムの孤独と、犯人を許さぬ決意の堅さ。この二つは共に、グレアムの家族想いなキャラクターの反映だ。つまり多分に単純な正義漢として描かれている。

彼が悪党への怒りを頻繁に露わにするのも、主人公は直線的な正義のヒーローであってほしいという、一昔前の観客のニーズと思しきものに忠実であるが故だろう。そのままラストシーンも甘く安直なハッピーエンドで締められることで、人間心理の深遠や影を理解し得ぬマイケル・マンの底の浅さは決定的になる。

終盤、連続殺人犯ダラハイド(トム・ヌーナン)の心中を推し量るグレアムは、ダラハイドにとって「見る」ことが彼の欲望と密接に結びついている筈だと推察する。そして、他人から賞賛される振りを繰り返すことで、本当に自分が愛されていると信じ込もうとしているのだと。そうした犯人の性格を描くには、やはり、殺された被害者の無惨な顔と、その目に嵌めこまれた鏡に映じるダラハイドの栄光の姿(飽く迄も彼の幻想の中でだが)という対照的な光景を同居させたショットは必要だろう。そうした悪趣味で残酷に過ぎる映像など観客に見せられないというのなら、最初から実写化など考えるなと言いたい。

現像所で働くダラハイドが、ホームムービーを「見る」ことで欲望に駆られることと、他人から愛されているという幻想を、死体の目に嵌め込んだ鏡に映る自身の姿を自分で「見る」ことで満たそうとすること。つまり、他人から「見られる」ことが、自身の鏡像を「見る」という自己完結的な行為に置き換えてしまう倒錯性。そんな彼が、自身を「見る」ことのない盲目の女性リーバ(ジョアン・アレン)と結ばれるということ。ダラハイドが彼女に、麻酔をかけられた虎に触らせるシーンでは、虎の体を撫でまわすリーバの手が虎の口を開いてその牙を剥き出しにすることで、「噛みつき魔」ダラハイドとの符合を示す。実際、このシーンで虎の胸に耳を押し当て、心臓の鼓動を聞いていたリーバは、ダラハイドとのベッドシーンでは、彼の鼓動に耳を澄ます。

原作では、彼女の視覚障害者としての在りようが繊細に描かれていて魅力的だったのだが、そこは映像には馴染み難い部分であるだろうから、仕方がない。事件が収拾した後、リーバがグレアムに「あなたは誰?」と訊ね、グレアムが名乗るシーンは、リーバが声に頼る面が強い人物であることでより印象的になるのだが、このシーンもやはり、悪者を倒すヒーローとしてのグレアムの分かり易いキャラクター性を補強しているだけの安直さが拭えない。

ダラハイドがなぜ入れ歯を嵌めて噛みつくのかという心理的な背景や、発音が巧く出来ないコンプレックスといった、彼の口唇性に関わる面が蔑ろにされている点にも疑問を覚える。また、レクターを訪ねるシーンで、グレアムがレクターの牢の前に居るカットにすぐさま繋がる編集も、あまりに経済的に過ぎる。原作では、グレアムがレクターと言葉を交わすまでの躊躇いの時間が効果的に働いていたのだが。収容所の建物が真っ白であることで、ひりつくような狂気の肌触りを演出しようとするのも、その意図があまりに透けて見えるせいで却って空々しい。

(評価:★2)

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