[コメント] エメラルド・フォレスト(1985/英)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
本作では、一つの作品の中にアクションからドキュメンタリーに至るまで様々なジャンルが詰め込まれている。てんこ盛りである。
その前に、本作の冒頭の粗筋について簡単に触れておこう。すなわち、まず、白人少年トミーは、家族とともに、建築技師であるオヤジの職場であるアマゾンのダム建設現場に行く。そこで彼は、家族に気付かれずに一人アマゾンの密林の中に忍び込む。そして、そこで彼はインディアンの酋長(後の彼の育ての親父)に遭遇し、拉致される。失踪した息子を、彼の実のオヤジは、懸命に捜索するのだが見つからず、それから10年の時が経つ・・・。
この粗筋を踏まえると、父と子との物語なのだろうと想起する。副題が、例えば、「−二人の父親をもつ少年ー」等とついても可笑しくない。しかし、本作はそのような人間ドラマにとどまらない。少年と彼のオヤジは様々なドラマを繰り広げるのである。
すなわち、まず、少年とインディアンの美少女との青春ラブストーリーがある。インディアンに拉致されてから10年が経ち、彼は、逞しいインディアン少年戦士となっていた。そして、河で泳いでいると魚を採りに来たインディアンの美少女と出会い、恋に落ちる。そして彼と彼女はこの大自然豊かな秘境で青春パラダイスを過ごすのである。彼女は、個人的な印象としては、眉毛を全部剃った川口春奈に似た容姿である。しかも限りなく全裸に近い。終始、この恰好である。妙に得をした気分にさせられる。
一方で、少年は、毎日がパラダイスというわけでもないようである。彼は、少年と決別して大人になるための恐怖の通過儀礼を受けなければいけない。この通過儀礼では、彼の全身の体にシロアリが這い回るというグロテスクな試練を受けなければいけないようである。ここに、ホラー的な要素も盛り込まれている。
一方、この秘境にはこの少年が属する部族以外に別の部族もいるようである。彼らは、「獰猛な人々」と呼ばれる好戦的インディアンである。そして、そして、息子を捜索するためにアマゾンに進入した実のオヤジは、その獰猛インディアンに捕まってしまう。そして、この獰猛インディアンは、映画「アポカリプト」のように、一旦はオヤジを逃がしつつも、逃げるオヤジを狩りに行くのである。執拗に追いかけるインディアンの恐怖。ここに、スリラー的な要素も盛り込まれている。
そして、ここにきて、実のオヤジと息子と再会する。息子は、獰猛インディアンのオヤジ狩りからオヤジを救う。そして、けがをしたオヤジを自身が属する部族の集落に連れていく。そして、そこでオヤジは、怪我が回復するまでそこに滞在する。そこで白人オヤジが異文化に触れるのである。そこで彼は、少女をあてがってもらうわ、危険ドラッグの香がするハーブで覚醒させられるわで文明社会では決して合法的な意味で体験できないような経験をするのである。ここに、世界ウルルン滞在記のような異文化交流ドキュメンタリー的要素も盛り込まれている。
オヤジを文明社会へ送り出した後に少年の属する部族に異変が起きる。部族の若い女性たちすべてが拉致されてしまったのである。彼女たちは、文明社会の売春宿に連れていかれる。彼女たちを追うインディアンたち。そして、彼らは秘境と文明社会との境界まで進む。そして、彼らは、未知の世界を遭遇する。彼らは見たこともない建設中のダムを丸太のジャムみたいだと言う。ここで、視点が、白人親父(文明社会側)からインディオ(非文明社会側)へと変わる。すなわち、これまでは、白人親父(文明社会の側)の視点から見たインディオ(先住民の側)の生態が描かれていたが、ここでインディアンの視点から見た文明社会の生態が描かれる。そして、その高度の文明社会は、インディオの視点から見ることによりSFの世界のように描かれる。故にここに、SF的要素も盛り込まれている。
そして、部族の若い女性たちを救うために少年トメーは、実のオヤジに助けを求めることにする。そして、彼は、オヤジの住むところに行くのである。すなわち、インディアンが都会に行くのである。そして、彼は都会で大暴れする。彼は、オヤジの住む高層マンションの壁を這い上がってオヤジのところまでたどり着くのである。ここで、映画において、都会になじみのないキャラクタが都会へきて大暴れするというのは、よく見られることであり、例えば、思いつくだけでも、プレデター、ジェイソン、星の王子、ターザン、ベイブ等があげられる。ここに、「都会へ行く」系要素も盛り込まれている。
そして、オヤジの助けで彼は売春宿に進入し、連れ去れた裸のジャングルクィーンを救出する。恋人を救うために連れ去られたアジトに進入し、恋人を救出する。アクション映画の王道である。しかしながら、それをインディアンが行い、しかもそこで繰り広げられる銃撃戦であの獰猛なインディアンが銃を手にしている。この異様な光景。ここに、本作の特殊性がうかがえるとともに、王道的なアクション要素も盛り込まれている。
そして、物語は、終焉に向かい、ラストは、彼ら部族の生活を脅かすダムが大洪水により破壊されて幕を閉じる。ラストでは、文明社会への大自然の警鐘も込められている。
このように、本作では、一つの作品の中にアクションからドキュメンタリーに至るまで様々なジャンルが詰め込まれている。そこに本作の豊富なアイデアに感心する。そして、密林はネタの宝庫のようでもある。
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