[コメント] クラム(1994/米)
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はじめはロバート・クラムという一人の人間の実像を浮き彫りにさせるために、彼が強く影響を受けた兄弟の二人にインタビューしているのかと思っていた。ところがこのドキュメンタリーは、この兄と弟が現在置かれている、見方によっては残酷ともいえる状況を少しずつ明らかにしていく。
善と悪、ヒーローの国アメリカ、わかりやすい価値観はどの社会層にもどの人種にも受容可能である。だが、そうした価値観は、実際の退屈で変化に乏しい中流階級の実像の裏返しでもある。どこに行っても判を押したように似たり寄ったりな郊外の風景。冴えない町で冴えない生活を送ってきた人たち。
本作はマンガ家(イラストレーター)ロバート・クラムについてのドキュメンタリーという以上に、クラム三兄弟を通して、中流家庭の底に眠るもの、彼らが抱く欲望や恐れなどを浮き彫りにしようと試みた作品であった。それは、ロバート・クラムの作品群や監督テリー・ズウィコフがのちに送り出す劇映画『ゴースト・ワールド』が扱ったものでもある。いや、それだけではなく映画という分野に限っても、『アメリカン・ビューティー』『マグノリア』『ハピネス』などアメリカが自己の情けない実像を明らかにした90年代後半のいわゆる郊外を舞台にした作品群の先駆けでもあった。(もちろん冴えない現実を映し出した作品は90年代以前にも多数存在したが、80年代に作られた『バック・トゥ・ザ・フューチャー』において、冴えない中流家庭はいまだ「脱出するべきもの」と捉えられていた点などと比較して置いてみると面白い。)
『ゴースト・ワールド』でソーラ・パーチ演じる主人公イーニドと、スティーブ・ブシェーミ演じるテリーがたどった末路は、自殺、精神病院、海外移住へとそれぞれ突き進んでいったクラム三兄弟のイメージと重なる部分が多い。そのあたり監督自身の強い意識が介在していたのだと思う。ただ劇映画の登場人物たちよりも実際のクラム兄弟の置かれた状況の残酷さが、より身に詰まらされる。ふと、新天地を求めて旅立った(「闘い」の唯一の生き残りである)ロバート・クラムの行く末が、さまよえるアメリカ中流階級の一つの帰結を生み出すような気がした。
翻って、否定の語調が日増しに強くなってくる自分自身と彼らとの距離を考えると、それほど離れていないように感じる(感じさせる)。彼らに近づくのは忌むべきことなのか、喜ぶべきことなのか、そのどちらでもないのか、非常に戸惑う。恐るべきドキュメンタリー。(★3.5)
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