[コメント] アタラント号(1934/仏)
本作も今回が多分3回目ぐらいで、ずいぶんと若い頃にスクリーンで2回は見ているが、勿論、水中撮影のシーンやジュール−ミシェル・シモンの全身の刺青や蓄音機と沢山の猫といった有名な場面の記憶は残っていたものの、多くの細部は忘れていた。ということもあり、実に新鮮な映画体験だったし、はっきり云ってメチャクチャ感動した。
本作においても、全編に亘るボリス・カウフマンの瑞々しい撮影は、一番の功績だろう。だから最初に書いておきたいが、いやそれでもこれは演出家の映画だと強く感じさせる画面が連続する。特に、上でもちょっと触れたシモンの身体性の強調や船室あるいは酒場(ダンスホール)の中のガラクタ趣味の一貫性、猫の扱いなど。そして、前半は副船長のシモンがプロットの中心にいるかのようだが、後半になって船長のジャン−ジャン・ダステと−花嫁のジュリエット−ディタ・パルロのそれぞれ(個別)にフォーカスされる展開になってからは良いシーンが目白押しで、実に心揺さぶられる。
まずはその契機となる酒場兼ダンスホールの場面は特筆すべきだろう。こゝは中央がダンス場でその周囲にテーブルがあるレイアウトだが、ダンス場とテーブルの間は、ラティスみたいな格子状の柵で仕切られている。この柵を挟んだ手前と向こうを見事に異空間として演出する。また、こゝで登場する行商人の男のキャラがいい。ジュリエットと踊りながら、パリへ行こうと誘惑する行商人。席でイライラするジャンの見せ方。また、有名なジャンが川へ飛び込んで、ジュリエットの幻影を見るシーンについては、私はもっと長かったと記憶していたのだが、これがあっという間に終わったことに驚いた。この場面以上に、宿のベッドのジュリエットと船室のベッドのジャンを交互に繋ぐ、大きなドット模様の影を配した官能的な画面の方が強烈に感じられた。
そして、最終盤になって、またシモンがとても良い役割りを分担する。1人用ジュークボックスみたいなイヤホンで好きな曲を聞くことのできる店の中で、彼がジュリエット−ディタ・パルロを唐突に抱き上げる場面は、最も胸打たれる瞬間だ。若い娘をオジサンが抱きかかえ、うちへ帰ろうとは云わないけれど、うち(アタラント号)に帰ることになる帰結はまさしくあの映画とそっくりじゃないか。というか、あの映画が本作の系譜に属するということだ。
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