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[コメント] フード(1992/英=チェコスロバキア)

食。
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**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







「フード」、なのにこんなに食欲を失わせるような映画もない。この作品は間違いなく《食》の醜さを描いたものである。

「美食」という単語が存在するように、《食》は日常の中で比較的ポジティヴなイメージを有している。もちろんこれは「味覚」に注目した側面での考え方によるものだ。

だがどうだろう。「行為」の側面から《食》を見てみると、美しい概念などまるで欺瞞にさえ思えてくる。「食べる」という行為は老若男女を問わず実に醜いものではないだろうか。

例えば他人の目の前では食事できないという神経症があるそうだ。それを初めて耳にした当時は信じられぬ症状だ、と思ったのだが「フード」を見た後で少し理解に及ぶようになった。

また、レオーネの『夕陽のギャングたち』で食事中の人々の口元をどアップで延々と映している描写があった。彼らは皆悪役であった。つまり《食》の醜さを通して悪役の醜さを間接的に表現していたのだ。巧い演出ではないか。

《食》は排泄の始まり、とも換言できるかもしれない。

さて、「フード」はどうだろうか。

朝食;暴力、くちゃくちゃする音

昼食;非日常的な《食》の対象

夕食;同じく非日常的な《食》の対象、ここではエスカレートしている。

いずれも美しい《食》など微塵も存在しない。全て《食》には醜い、隠蔽された、目を向けられることのあまりない事実の共起を示唆しているのだと思う。

*ちなみにシュバンクマイエル初体験だった。この特異な技法による怪作に度肝を抜かれました。理屈抜きに、最高レベルの娯楽作でもあるでしょう。

(評価:★5)

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