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[コメント] ハワイ・マレー沖海戦(1942/日)

「一億で背負へ譽の家と人」という標語があり、本編は昭和11年夏の場面から始まる。白い詰襟の制服を着て道を歩く忠明−中村彰の横移動ショット。原節子が呼び止める。敬礼する中村。原の早々の登場と、その屈託のない笑顔に感激してしまう。
ゑぎ

 続いて中村は、畑で働く原の母親−英百合子や弟の義一−伊東薫にも敬礼し、中村と伊東の2人のシーケンスが始まる。良いオープニングなのだ。2人歩くフルショットの後退移動など、端正な画面が連続する。全体に非常に安定した画面、豊かな時間の描写を持つ作品であることは明記すべきだろう。

 後半では、伊東が真珠湾攻撃、中村はマレー沖海戦へ参加する、という形で切り分けて描かれており、この2人がダブル主演とも云えるが、伊東の予科練での描写が多くの尺を取るし、また、彼の家族(英百合子や原節子ら)の様子が度々挿入されることもあって、矢張り、伊東が主人公のように感じられる。

 予科練では藤田進が分隊長、教官で河野秋武が出て来る。河野が指導するボート訓練から延々と走らされる教練シーンのカッティングなんかも、とてもいいのだが、相撲大会の場面で伊東が投げ技をすると、藤田がショバの相撲と違う、押せ押せ、と云い、とにかく気合いなのだ、という精神論が強調される描き方は、なんて幼稚なんだろう、と思ってしまう。

 あと、カメラワークの特徴として、ズームの使用を書いておきたい。例えば、もの凄い数の練習兵がグラウンドに出て体操をするシーンで、鐘を鳴らす教官?に対してズームインする、といった使い方もあるのだが、中盤以降は、中村彰に対してのみズームインが使われるのだ。彼が海軍兵学校の頃をフラッシュバックする部分では、立派な建物の中へ入って行く中村をズームインする(その後、扉に東郷平八郎の肖像画とその遺髪を納めた玉がディゾルブで浮かび上がる)。あるいは、佛印基地から飛行隊長−二本柳寛と共に飛び立った中村のシーンでは、機内の彼への小さなズームインがあるし、「ワルキューレの騎行」の変奏が劇伴で流れる場面、柳谷寛の索敵機で、敵艦(プリンス・オブ・ウェールズ)を発見する場面でも、中村へのズームインがある。このカメラワークは、本作の精神的な求心力は中村が負っているのだという作り手の意識の現れだと思う(確かに序盤から彼の科白の多くは、酷い教条主義に感じられるのだ)。

 また、時系列は前後してしまったが、真珠湾攻撃パートでの、ハワイのラジオ放送の使い方も実に面白い。攻撃直前(「12月8日未明」と字幕が出た後)の旗艦空母の治療室で、御橋公(軍医か)と北沢彪(主計長らしい)たちがラジオを聞くのだが、それが、ハワイのキャバレーからの実況放送で、ジャズっぽい音楽と米兵のインタビューや歓声が英語で聞こえて来るというのがいい。さらに、伊東が真木順と一緒に乗る攻撃機の場面でも、ラジオから女性ボーカルの歌唱が聞こえる。ちなみに、敵性音楽でも、リアリティを尊重して認められたのかと推測したが、調べると、ジャズ禁止が発布されたのは本作公開翌年のことらしい。

 エンディングも、マレー沖海戦の戦果を報じるラジオ放送(大本営発表)を聞く(自宅で正坐している)原節子たちと、旗艦空母の幹部将校たちを繋ぎ、軍艦マーチで締められるのだが、本作のラジオ放送の使い方は、時空を超越するコミュニケーションの描き方として、素直に驚かされる演出だと思う。尚、円谷英二の特技部の仕事ぶりについては、他で多く言及されていることと思うので、こゝでは割愛させていただく。

(評価:★3)

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