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[コメント] ドラえもん のび太とロボット王国(2002/日)

こりゃ、下手すれば洗脳映画になってしまう。マジで子供にこれを観せるの?恐ろし過ぎる。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 国民的アニメとして、世界中に配信されてる名高い『ドラえもん』だが、この作品ではテレビ・シリーズと劇場版で大きな違いがある。

 テレビ・シリーズではのび太の世界は閉鎖している。ジャイアンはいつも暴れん坊だし、スネ夫は嫌味な奴、しずかは博愛精神に溢れ、優しい女の子として。毎回物語はこの輪の中で行われる。ドラえもんが取り出す未来の道具に振り回されながら、人間関係は決して変わらないし、まるで無限連鎖のように毎回毎回同じ物語が繰り返される。

 テレビ・シリーズの場合はそれで問題はない。ルーティン・ワークこそが長く続けられるコツなんだから。

 だが、一方劇場版になるとこの輪は崩れる。何ものかが外からやって来て、そしてみんなは町から離れ(つまり輪から逸脱して)外に出て行くことになる。毎回ドラえもんの映画は全くこのパターンを崩すことなく話が展開する。

 この場合、どう外の世界を描くか、ではなく、どうやって一回一回彼らに個性を持たせるか。と言うのが重要になっていくはずなのだが、とんでもないことに、近年の作品はこれをテレビ・シリーズと同じようにルーティン・ワークにしてしまってる。つまり、わざわざ外に出て行ったのに、やってることは少しばかり大きな輪の中から出ていないのだ。これは凄い。毎回シチュエーションは違えど、他の世界に出かけ、色々苦労をした末に、乱れた国を直してハッピー・エンド…全ての映画でそのパターンを使ってる。これはもう、視聴者を馬鹿にしてるとしか思えない。続けることが重要なんじゃないだろ?折角金出して観る映画なんだから、シチュエーションじゃなくて、内容を変えないと意味がないはずなのに。

 特にその中でもこれは駄作。いや、それを超えた恐ろしい映画だと思う。

 外宇宙のキャラクターが人間と殆ど変わりないとか、日本語をしゃべってるというのは仕方ないとしても、先ずそこに出てくるキャラの名前にチャペックという人物が出てきた時点で乾いた笑いが出る(カレル=チャペックは世界で初めて“ロボット”という名前を使った作家)。勿論知ってるからやってるんだろうけど、外宇宙の人間だろ?一応は。

 更に凄いのは「感情を持ってるのは人間でもロボットでも同じだ」という考え方。SF作品では定番とも言えるテーゼなのだが、これを何の衒いもなく、単純に正義として考えてるのは、なんぼなんでもやりすぎだろ?要するに虐待する人間は全部悪であり、それによって被害を受けていればなんでもひっくるめて善になってる。あまりに単純且つ酷い二元論に陥らせてる。この偽善的な正義の押しつけにはちょっと寒気さえ覚えた。

 大人は子供に対して責任を持つはずなんだが、その責任を“正義”という名の下に、様々な価値観を無視して押しつけるのだけはやってはいけない。 

(評価:★1)

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