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[コメント] 白痴(1999/日)

 原作を私は読んではいない。...
hk

 原作を私は読んではいない。ただ、主演の浅野忠信がナレーターのように読み上げる文章がこの本の原作なのだと思いながら観ていた。原作を知らない以上、私は映画そのものから出発せざるを得なかった(なんという白痴!!)。

 現代の若者は戦争を知らない。というより体験していない。今となっては戦争は教科書の中、テレビの中、高齢者の記憶の中にしかない。戦争とはどういうものだったのだろう。しかし、実際に戦争を体験した世代も戦争とはいかなるものであったのか理解していたのであろうか。この映画を見てそんな気がした。戦争とは後になって振り返ってみなければ存在しない不可視の存在なのではないか。戦争のただなかで生きていた人々は一体どれだけ戦争というものを相対化して捉えることができていたのであろうか。戦争中でも日々の生活というものがあり、人々はそれに追われていただけなのではないのか。後から振り返ってみて初めてその生活環境の落差に、自分を取り巻く環境の落差に気づかされ、戦争というものをすでに終わった時代として相対化することになるのではないか。「あの悲劇を忘れるな。」といった紋切り型のセリフは、ただ今の時代に順応できない高齢者の慈悲を求める叫びとしか響かないといったら言い過ぎだろうか。いや、やはりそれは言い過ぎだろう。けれども、現在マスコミを賑わせている様々な社会問題こそが今の人々の頭を悩ませているのであり、そこには戦争の教訓の居場所はもはやないのである。

 ...と、話が脱線しすぎたので映画の話に戻ろう。白痴とは、主人公の下宿先の隣に住む白痴の女のことである。透きとおるほどの肌の白さ。うつろな目。か細いからだ。挙動不審なふるまい。話し掛けただけで壊れてしまいそうな繊細さ。怖いほどの弱さ(事実、怖い)。美しさ。見てはならないものをみてしまったようで、それでいて、既にいつもそばにいたかのような不思議な存在。彼女を知ってしまった以上は彼女なしには生きられないであろう、と思わせられるほどの存在感。亡霊のような存在。映画「御法度」の松田龍平が演ずる役と、またドラマ「危険な関係」で豊川悦司が演ずる役と共通するものがあるのではないか。生きていながらも既に死んだ者であるかのような存在。不気味さと魅力が混ざりあった奇妙な存在。ともかく、白痴の女の描き方においてはこの映画は成功しているといえるだろう。

(評価:★3)

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