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[コメント] 白いリボン(2009/独=オーストリア=仏=伊)

推理ファンとしては、この映画の謎を謎のままに、見過ごすことは出来ない。と言っても、状況証拠ばかりだ。だから以下は、唯の憶測、単なる一つの解釈の域を出ない。が、それを承知で、真相に迫ってみたい。
KEI

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







長いです。御用とお急ぎでない方のみお付き合いください。

実は、映画の最後の方でだが、主人公教師が犯人を牧師の子供たちと指摘している。子供たち(主犯は長女クララ、従犯は長男マルティン他)の家へ行き、問い詰めるシーンがあるのだ。しかし、結局何一つ暴けずに終わってしまっている。だから以下は、その主人公の指摘を裏付けるものとなるだろう。なぜなら我々観客は、主人公が知らない場面をも見ているのだから。

主人公が、問い詰める事件は4つ。1、医師の落馬 2、ジギとカーリへの暴行 3、納屋への放火 4、医師の失踪だ。これらをチェックしていく。それで真相に迫れるはずだ。

1、医師の落馬の件の犯人は明らかだ。‘子らの学校帰りの方向に現場があった’‘子らの帰宅が遅くなった’(後者は観客は知っているが、主人公は知らない)また(赤い戦車さんの指摘通り)‘橋の欄干に居たマルティンの発言’。これらから犯人は子供たちというのは誰も異論がないだろう。

2、ジギの件は、最後に一緒に居たのが子供たちという事が分かった時点で、彼らを犯人とするのは素直な推理だろう。だが、カーリの件はどうか?その現場には次の書置きが有った。

「お前たちの主、嫉妬深い神である私は親の罪によって、その子、孫、曾孫の代まで罰を与えるだろう」

‘親の罪’はカーリの出生:(医師の)不倫という事だ。‘嫉妬深い’というのはカーリが親によって溺愛されていた事に対しての犯人の感情だとみると、犯人は逆に、親に常に罰せられるばかりの牧師の子供たちだというのは妥当な推理ではないか。そして‘神である私は’と名乗るのはキリスト教が身近にある者の表現だ、と判じてもいいと思う。

3、納屋への放火。(そして小作人の自殺)。男爵が小作人とその息子は放火の犯人ではないと明言するシーンがある。これは信じるべきだろう。では誰が犯人か?前にもあったが、実は我々観客は主人公の知らないシーンを観ている。納屋の燃えている時、牧師の家の子供たちのシーンになるのだ。マルティンはベッドに罰として縛られている。母親が来、そこへクララ始め娘たちが突如現れる。彼女たちは、今放火して戻って来た所なのではないか。それを隠すために、慌てて起きて来た風を装った、と考えられる。もう1つ関連がある小作人の首つり。現場をよく見ると、天井からではなく、背の高さ位の所から首を吊っている(引っ掛けている)。この高さなら、子供でも・・・と考えられる。更に、息子が父親を発見した時に、何故か向こうで子供たちがキャッキャッと笑いながら通り過ぎる。現場近くにいたのだ!偶然過ぎると思わないか?

以上の1〜3の考察で、子供たちが犯人というのは確定と見てよいだろう。

最後は4、医師の失踪(と助産婦の失踪)。これは犯人探しというより、何が起こったのかがよく分かっていない。それを明らかにしようと思う。一番手掛かりが少ないが、しっかり見て行こう。

失踪したのは、医師とその娘と幼い弟、そして助産婦と息子カーリだ。手掛かりは、助産婦が馬車を借りられず、「カーリから犯人を聞いた。隣り町の警察に行く」と言って、たまたま出会った主人公から自転車を借り、そのまま失踪してしまったという事。その場合、溺愛するカーリを残していくのは不自然だという事。そして彼女が行った後、裏で家をのぞき見する子供たちを、主人公が見つけ注意し追い払った。確かめると家は施錠されていた。その足で隣家医師宅へ行くと「当分の間、休業」の張り紙があった。その後、この5人を見たものはいないという諸々の事実だ。

さて、糸口は何処だろう?‘カーリを残していくのは不自然だ’ここから考えてみよう。不自然なら、一緒に行ったのだ。しかし、場面では助産婦1人が自転車で去って行った。それなら、村はずれで待たせていた、と考えるのはどうだろう。とすると、疑問が2つ。

1、何故カーリを連れて馬車探しをしなかったのか? →足手まといになると考える程、急いでいたからか。 2、頭の弱いカーリーを1人待たせて、ふらふら何処かへ行ってしまうと考えなかったのか?  →誰かが一緒だった・・・誰だろう、あの日以来失踪しているのは、他に医師とその子供たち。ではその3人か。しかし、医師=大人の男がいたら、女助産婦が馬車を借りに駆けずり回るのはおかしい。又、医師が犯人を知ったら、彼はこの村では実力者なのだから、こそこそと隣町へ行くのもおかしい。とすると、カーリーといたのは、娘とその弟だ。

という事は、その前に姉弟は助産婦の家にいたのだ。父親ではなく、助産婦と行動を共にするのは何故だろう?父親はどこへ行った?

これを説明する、すっきり(?)とした答えは、父親が犯人に呼び出された或いは殺されかかっている或いは殺された、と娘が知り、助産婦に助けを求めた(今まで助産婦は母親代わりだったと言っていた)と解釈することだ。しかし、助産婦は自分にひどい仕打ちをした医師を、自ら助けに行こうとはしなかっただろう。

まとめると、医師が犯人の手中に落ちたので、その娘と弟は隣家助産婦の家へ逃げた。犯人が分かった助産婦は―と言っても、牧師の子供たちが犯人だなんて訴えても村の誰も信用しないだろうから、直接隣町警察に行こうと考えた。また犯人に動きがバレない様に3人を村はずれに待たせ―みんなが乗れる馬車を探し回っていた。そこで主人公に会った、という事になる。

ここで新たな疑問点をなくしておこう。 1.なぜ犯人は改めて医師を襲ったのか。 2.「当分の間、休業」は誰が書いたのか。

1.医師を落馬だけでは物足りなく、殺してしまいたかったのか?  →いやそうではあるまい。犯人は、医師の新たな犯罪を知ったのだ。我々観客は主人公も村人も知らない秘密を知っている。それは、彼が自分の娘に手を出していたことだ。それを、我々だけでなく、幼い弟に見られている。

何を見たのか分からない弟は、クララ(たち)に、たどたどしく喋ったのだろう。またも懲りずにと、正義の使者クララは怒り狂ったに違いない。そして、今度は確実に殺し、どこかに埋めたのだろう。(だから、ずっと行方不明になっている。)

2.書いたのはクララだろう。あの日をクララの側から見てみよう。

医師を殺し(埋めた)後、クララたちは家に来た。(汚された)娘を殺すつもりだったのかもしれない。しかし、娘も弟もいなかった。医師殺害の犯行をバレなく(分かり難く)するために、張り紙を書いた。そして、ふと2人は助産婦宅に逃げたのかも、と思った。隣家に行き、のぞき込んでいる所を主人公にみつかったのだ。 

助産婦たちはまさに紙一重で逃げ去ったのだ。

その後の事に触れておこう。何故警察は来なかったのか? また助産婦たちはその後どうなったのか、だ。

これには戦争勃発が関係している。警察もそれどころではなかったのだろう。しかも、聖職の人の子らが犯人なんて、何をバカなことを―と一蹴したのだろう。彼らは途方に暮れたに違いない。といって帰る訳にもいかない。思うに彼らは、その夜に家に帰って来たと思う。夜中に簡単な荷物をまとめ、4人でどこへともなく、村を去って行ったのだろう。

以上で、この村で何が起きたのかをすべて明らかにした訳であるが、大きな事が1つ残っている。それは動機だ。動機そのものは、ぽんしゅうさんの言われる通り、上(ここでは親)からの圧力という事であろうが、その背景は何なのだろう。作者がモノローグで云う「あの出来事こそが、おそらく当時の我が国そのものなのだ。」とはどういう意味なのだろう。

当時のドイツとは、皇帝ウィルヘルム2世が帝国主義を推進していたドイツである。帝国主義、それは云う迄も無く専制主義であり、権威主義である。詳細は省くが、そのドイツが第1次大戦へ突入していったのだ。国の中はどうだったか。皇帝の権威が国を覆い、人々には身近な教会の権威が絶対であった。更に家庭内では家父長制があり、家長の権威は不可侵のものだった。

すなわちクララたちの家庭では、牧師である父親は‘絶対神’だったのだ。罰を与えるばかりの神、しかも間違いを犯しても気付かない傲慢な神、表面的には逆らえなかったが、その圧力に対する不満は、はけ口を求めていた。そしていつか臨界線を越えていたのだ。

権威主義のもたらしたもの、それが国では戦争であり、村では殺人であったのだ。

これがモノローグの云わんとする所であると思う。

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