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[コメント] その夜の妻(1930/日)

この時期の小津は、カメラワークでは移動撮影の演出家だ。また、ローアングルの志向性は多少感じることもできるが、屋内シーンにおけるこのレベルのローアングルは、至極当り前のものだ。
ゑぎ

 しかし、遺作『秋刀魚の味』にいたるまでの小津の特質として、この時点から決定的に一貫しているものがある。それが、徹底したアクション繋ぎへのこだわりだ。

 移動撮影に関しては、冒頭近く、警察署の屋内を後退移動して執務する警官たちを見せ、最後に電話を取る若き笠智衆の後ろ姿を捉えるショットだとか、八雲恵美子岡田時彦の部屋の様子を、何度も横移動で捉えて状況を見せるショット(ときに歩く人物のミタメショットだったりもする)といったものもあれば、八雲の両手に拳銃が握られている唐突なショットから後退移動するものが顕著だが、他にも後半に頻出する、一人の人物への寄り引きによって、観客の驚きを増幅させるための強調の演出で使われている。

 そしてアクション繋ぎについてだが、私には、世の中には(それは一般の観客だけでなく、映画評論家や映画関係者においても)、どうもアクション繋ぎが見える人とそうでない人がいるように思われる。勿論、見えない方がいいという考え方もあるだろう。もともと、継続した時間を滑らかに見せるため、もっと云えば編集点を認知させずにアングルを換えるための技術がアクション繋ぎなのだから。しかし、小津の生涯に亘るアクション繋ぎへのこだわりとその徹底ぶりは、これこそ映画らしさだと考えていたと思われるし、逆にあまり指摘されないとしたなら、それはそれで、内心ほくそ笑んでいたのに違いないと私は思う。

 本作のアクション繋ぎに関しても、例をあげ始めると、キリがないので仔細には記述しないが、序盤で、岡田時彦による犯罪場面にも見られるけれど(ビルの壁に隠れるシーンなど)、医者役の斎藤達雄と八雲が登場するアパートの一室に場面が移ってからは、特に八雲の一挙手一投足を徹底的に、これでもか、というレベルでアクション繋ぎで見せており、私はもうこゝで既に圧倒されてしまう。この丁寧さ、肌理細かさがあるからこそ、上にも書いた八雲の唐突な二挺拳銃のトラックバックや、刑事−山本冬郷や岡田への寄り引きのショットが一層際立って感じられるのだ。

 あるいは、ストーブの上のヤカン(カラーなら赤色じゃないか知らん)や、砂糖入れとそれを取る手のアップショット、他にも、鞄と手のアップ、警官が舗道にチョークで指示を書く手や、キャメルのタバコと手、靴紐を結ぶ手など、アップで小道具と手のショットをポンと挿入する演出においても(マッチカットも多く使われている)、全編に亘るアクション繋ぎの徹底によって、より効果を上げていると云えるだろう。

 さて、この時期の小津のもう一つの特色である、西洋趣味の美術、という面でも本作は見どころに溢れている。ファーストカットの立派な(パルテノン神殿みたいな)柱のある建物のカットで既に驚かされるし、八雲と岡田の部屋の美術も極めてモダンなものだ。岡田は画家かペンキ屋なのだろう、床にペンキ缶があり、壁には立て看板やポスターがいくつも見える。中にはウォルター・ヒューストンの名前が目立つもの(タイトルは見えない)や「ブロードウェイ・スキャンダル」と読める映画のポスターがある。さらに、木製の小さなブランコがあり、そこには、これも手製と思われる人形が乗っている。これら美術もとても可愛い。

(評価:★4)

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