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[コメント] 渡り鳥いつ帰る(1955/日)

「鳩の街」の入り口の門。高いところからカメラはクレーン下降移動し、道を映すと花売りの左卜全がリヤカーを曳いてやって来る。矢張り、久松静児らしく、エンディングはこれと逆の動きで左卜全から上昇移動し、この門を映しこんだ俯瞰になる。
ゑぎ

 「鳩の街」は、東京向島の私娼街だ。主な舞台となる店は「藤村」。冒頭は、掃除をする田中絹代。田中がお母さんだ。お父さんの森繁久彌が組合の寄り合いへ行くと行って外に出る。同業の富田仲次郎(後で「ローレライ」という店の主人だという)と一緒に歩きながら、富田の店に、今度、北海道から飛行機で来た女の子がいるという話をする。昔と違って、自分から好き好んで働きに来る女性が増えたし、やめたいときにやめられるようになった。50万円貯めて足を洗った者もいるみたいな話が出る。

 藤村の子供たち(娼婦たち)は、久慈あさみ淡路恵子桂木洋子の3人。淡路のところに泊った客がなかなか帰らないという、その男が加藤春哉で、本作の加藤は、エンディングまでからむ、なかなか良い役だ。久慈には娘−二木てるみがおり、母親−浦辺粂子の家に預けている。桂木は、馴染みの男と一緒になる約束をして金を貢いだが、最近音沙汰がない、というような事情が描かれる。この桂木が惚れた男は後半ワンシーンのみ登場するが、植村謙二郎がやっている。私の好みで云うと桂木が一番だと思うが、本作の淡路の勝気な造型もいい。彼女が森繁を口説く場面のセクシー演技は特筆すべきだろう。久慈も勿論綺麗だが、年増の役だし、後半病気がちになり、損な役回りか。ただし、ラストシーンにからむのは久慈だけだ。

 また、久慈が中盤で体を壊し、母親−浦辺の家で静養することになったので、ローレライの富田から回してもらった娘がなんと高峰秀子で、クダンの北海道娘。『二十四の瞳』の翌年、『浮雲』と同年の高峰、これが、とんでもなく生意気で狡賢いキャラなのだ。結局、藤村では、食っちゃ寝えを続け、最後まで客を取らなかった、ということだろう。いや、本音を云えば、高峰の艶めかしい場面を見たかったが、しかし、彼女の出番は全部面白いと思う。

 これら女性たちの状況と共に、森繁の過去にまつわるプロットも同時に描かれる。森繁は田中絹代とは夫婦のような間柄だが、戸籍上は別の女性−水戸光子が妻なのだ。水戸が煽っても離婚届に判を押さない。それは9歳の娘がいるからだ。この水戸のプロットは、序盤で唐突に挿入される。荒川放水路の土手の場面。水戸と現在の(内縁の)夫である織田政雄が、東京空襲の夜にこの土手で出会った時の回想場面が続く。私が見た久松の映画は(そんなに沢山は見ていないけれど)、必ず回想シーンがある。本作の空襲後の大火事の画面は東宝らしく見事な特殊効果だ。

 それと、水戸の周辺描写として、かつて鳩の街で働いたが足を洗い、今は流しの歌手(劇中、演歌師と云われる)になっている岡田茉莉子も大事な役割を担う。水戸と森繁との離婚の調整役になると共に、桂木と植村との間に入り、連絡役にもなるのだ。岡田を可愛がっている仲間の流し、春日俊二太刀川洋一の描き方もいい。

 そして、終盤の森繁のどうしようも無くなさけない男の造型と、森繁と桂木と加藤の3人がなぜか遭遇するブラックユーモアの作劇には驚かされた。なんという太々しい展開だろう。いや、さらに、こんな顛末にも、へこたれずに対応する田中絹代の太々しさが勝ってしまう、というのがいいところだ。本作の田中は、普段と異なり、キツめの顔づくりで、娼館の女将を造型しているが、ちょっと無理している感じもあるのだが、しかし、やっぱりラストはこの人が持って行く。

#備忘でその他の配役等を記述します

・同業の「ゴンドラ」の女将は月野道代。岡田から頼まれて森繁に離婚を促す役。他にも組合長は深見泰三

・客の中には、中村是好藤原釜足がいる。

・荒川放水路の葛西橋が何度も出て来る。

(評価:★3)

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