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[コメント] エル(1952/メキシコ)

これは面白い!カルト的人気が出て当然の面白さだ。鐘楼の鐘の仰角ショットでタイトルクレジット。続いて教会内の洗足式の場面になるが、中盤で鐘のショットがもう一度出て来る、というのも周到な構成。
ゑぎ

 洗足式では、神父が座っている少年たちの足を洗って甲にキスをする。主人公のフランシスコは、盥(たらい)のような容器に水を汲む役割を担っていて、教会員でも有力者であるということが分かる。フランシスコは少年の足から視線を移して、着座している聴衆の足を見る。女性の足からティルトアップすると、ヒロイン、グロリアの登場。これが出会いの描写だ。最初は知人かと思ったが、フランシスコの一目惚れ。この後も教会内のトラックバックなど、きめ細かな移動撮影がばっちり決まる。

 フランシスコの邸宅がまた面白い。門構えも異様で、高い煉瓦塀に門があり、邸内は見えない。この閉鎖性も偏執的に感じられる。さらに邸内の玄関ホールから大きな階段にかけてが、奇抜なデザインだが、このセンスは悪くないと感じる。弁護士が訪ねてきた場面で、フランシスコは、なじって追い返すのだが、土地の所有権をめぐって争っており、上手く進んでいないことが分かる。このシーンの最後に、執事のペドロを何度も呼ぶが出てこない、すると執事の代わりにメイドがブラウスのボタンを留めながら出てくる、ペドロは奥でメイドにイタズラしていたらしい、という描写がある。こういうプロット展開に影響しない細部のこだわりがまたいい。フランシスコはペドロを叱るが、二度とやるな、メイドはクビにしておけ、と云うのもフランシスコのイビツな性向が表現されている。もう一つ、執事ペドロのことを書いておくと、中盤で、フランシスコが彼の部屋を訪れるシーンがあるが、自転車が置かれており、壁には自転車のポスターがある、というペドロの趣味が示されるのも記憶に残ってしまう。

 さて、フランシスコは一目惚れしたグロリアにアタックするが、彼女にはフィアンセ−ラウルもおり、初めは拒絶される。しかし、仔細は省くが、フランシスコの邸内で行われたパーティのシーンで、グロリアはフランシスコのキスを受け入れるのだ。すると、一気に時間が飛んで、ラウルが街中でグロリアと再会する場面が繋がれる、というのも呆気に取られる処理ではないか。グロリアは、結局フランシスコを選び、結婚生活に入っているが、こんな人だと思っていなかったと云う。こゝから、グロリアの回想−新婚旅行の最中からフランシスコの嫉妬が始まる、メインのプロットとなる。

 フランシスコの偏執の表現では、鍵穴に串刺しのシーンが有名だが、これと共に、やはり、クレジットバックと同じ鐘楼が出て来る塔のシーンが強烈だろう。こゝは、グロリアが突き落とされそうになる、という直截的な暴力が描かれる。しかし、もっと凄いのは、夜、憔悴したフランシスコが邸内の階段を、なぜかジグザグに歩行し、階段の金属(棒)を外して、手すりを叩き続ける場面だ。こゝで、邸内をロングに引くカメラワークが、彼を突き放した感覚をよく出している。あとは、教会で錯乱する場面、人々が自分を嘲笑しているように感じる錯覚の描写は、ちょっとワザとらしくも思うが、これもブニュエルらしさだろう。

 エピローグは穏やかな場面だが、しかし、庭を歩くフランシスコの後ろ姿が、ちょっと蛇行している、というのは階段のシーンを想起させて不安にさせる仕掛けだと私は思った。このあたりも良く出来ている。実を云うと、見る前は(いや冒頭の教会で脚フェチを表出する場面あたりまでは)、もっと変態映画なのかと思っていたが、それほどでもなく(例えば脚フェチも冒頭しかなく)、そこは残念。しかし、主人公の偏執の怖さの演出は大したものだ。全編ニヤケながら見ることのできる、良い映画だと思う。

#「エル」は人名かと思っていたが、「彼」というような意味になるようだ。

(評価:★4)

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