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[コメント] 「粘土のお面」より かあちゃん(1961/日)

昭和24年と出る。向島、曳舟の三軒長屋。ドブ川が表の道の方にある。角(画面向かって右)から、洋傘修理屋、ブリキ屋、雑巾屋。ブリキ屋の立派な看板が、長屋の屋根中央にある。ブリキ屋の子供は正子−二木てるみと稔−津沢彰秀の2人。
ゑぎ

 本作は、戦前の映画『綴方教室』(1938)の前日譚を、戦後の時代に移して構成した映画だ。『綴方教室』の舞台は、四つ木だったが、本作は曳舟から四つ木へ引っ越す場面で終わるのだ。あるいは『綴方教室』では正子の下に弟が二人いたが、本作ではまだ一人だ。

 実は、映画『綴方教室』と本作を一カ月以内に別の映画館で見、その後、岩波文庫の「新編綴方教室」を読了し、これを記している。この文庫本は「綴方教室」(1937年8月刊、著者14歳)に加えて、「続綴方教室」(1939年1月刊)及び「粘土のお面」(1941年1月刊)の中から10編抜粋して収録されたものだ。「粘土のお面」はもう綴方というよりは、完全に短編小説集で、豊田正子が小学二年生頃を思い出して著したものだ。

 なので、本作『かあちゃん』は正子−二木てるみがまだ綴方に覚醒していない、ということになるので、二木が綴方を書くシーンはない。しかし、『綴方教室』と同じ綴方からエピソードを拝借している部分(つまり、前作の焼き直し)が、いくつか見られる。例えば、お父ちゃん−伊藤雄之助が、組の仕事をしたことで、仲介者に金を持ち逃げされたクダリ、酔って帰ってきた父ちゃんが、殺してやる、と云って表に飛び出す部分。腹が空かないように、寝てろ、と云うところ。自転車を盗まれる挿話など。あるいは、伊藤が都々逸から浪花節を唄う場面がとてもいいシーンで、後景にいた正子や稔が笑いながら近寄ってくる演出が自然で素晴らしく、全編でも特筆すべきシーンだと思ったが、こゝも「綴方教室」(本)の綴方から採っている。「虎は死ねば皮残す、ライオン死ねばハミガキ残す」のクダリも綴方にある。

 さて、本作の画面上の一番の特質は、移動もパンも一切ない、固定ショットだけで構成されている、という点だろう。ただし、人物がフレーム外へ移動するのに応じてカットをキメ細かに換えるシーンがいくつもあり、これにより、ダイナミックな画面を造型している。決して動かない画ばかり、という印象になっていない。また、屋内の固定ショットでも、複数人物を縦に配置し、奥行きのある演出を見せる。上に書いた伊藤が都々逸や浪花節を唄うシーンがその典型だ。

 そして、本作の最も良い場面は、自転車で曳舟と浦和間を往復し、八里を帰ってきた父ちゃんに、金が無く酒の用意ができてなかったことで修羅場になる場面だ。伊藤から「死んじまえ」と云われた母ちゃん−望月優子が、「踏切に飛び込む」と云って外に出るシーンの畳み掛けが見事の一言。こゝは、上で書いた、人物がフレームの外へ出るタイミングでカットを換えていく演出の際立った部分だと思う。このシーンがあることで、本作のタイトルが『かあちゃん』であることを首肯する、というべき名シーンだろう。

 終盤の差配さん(家賃の取立てで来る人)−林寛のキャラ造型、「ラ・マルセイエーズ」の使い方、母ちゃんと父ちゃんのポジティブなやりとり、荒川の土手上への急な坂を、家族みんなでリヤカーを押すショットの感慨。本作も前作『綴方教室』に負けず劣らずの佳編だと思う。中川信夫の映画をもっと見なくては、と思う。

#備忘でその他配役等を記述します

・二木てるみは11歳頃。

・担任の木村先生は北沢典子。原作では男の先生。ラ・マルセイエーズを唄う。

・雑巾屋の娘−浜野桂子は、浅草のキャバレー勤め。洋傘修理屋は鶴丸睦彦。その女房は西朱実

・先生が二階に下宿する雑貨屋の息子で黒丸良。彼は浜野に思いを寄せている。浜野が長屋に連れて来るキザな男は丹波哲郎。英語の独り言が面白い。

・父ちゃんのお得意先の壁屋さん−田崎潤。そのおかみさんは加藤欣子

・ラ・マルセイエーズの口笛を吹く巡査で宇津井健

(評価:★4)

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