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[コメント] くちづけ(1955/日)

三話構成のオムニバス。それぞれ監督が異なるが、主要スタフは同一のよう。これは結構珍しいパターンだ。同時並行で作られたのではないということであり、製作も務める成瀬の目くばせが一貫して効いているのだろうと推測できる。
ゑぎ

 一話「くちづけ」は筧正典。大学の建物。窓に笠智衆。教室内は試験の最中。笠は試験監督だ。学生の中には青山京子がいる。その後ろに太刀川洋一太刀川寛)。太刀川が「クミ、2番教えてくれ」と小声で声をかける。2人はカンニングの共犯関係だ。校舎を出て2人歩きながら「2番と6番間違えたじゃないか」「6番は責任持てないわ」みたいな会話。青山は今から叔父さんに会うと云う。うちの家族はヤドリギよ(叔父さんの世話になっているということか)。青山、外出場面はずっとサドルシューズを履いていて、フルショットの立ち姿がとても可愛い。

 叔父さんは十朱久雄。ビフテキをガツガツ食べる青山。未亡人の恋愛についての会話になるが、ちょっと理屈っぽい。帰宅した青山の家は郊外の高台にある。坂(階段)の途中に門がある家。母親は滝花久子で義姉に杉葉子。杉には男の子がいる。家の中では、男の子が泣いて暴れている。これ可笑しい。後のシーンで、川の近くだと分かる。一見して多摩川。家は二子玉川辺りか。

 この挿話は、未亡人である杉葉子の縁談をテコにしてプロットを運ぶのだが、杉が青山に亡き夫との思い出を語る場面で「結婚前に、くちづけをした、多摩川で。二人で凧を見ていた。その時、一生離れないと思った」というような科白があり、あゝこの科白でタイトルを表すのかと、私は早合点してしまった。しかし、若い青山と太刀川にも、この杉の思い出をなぞるようなキスの場面が用意されていて、こゝがハイライトになっている。キスにいたるまでの2人の会話がまた理屈っぽいが、接吻するよ、と宣言した後、キスする演出の切迫感はいいし、青山が急に怒り出し、唇を盗んだのは許せないが、この事をよく考える、と云うのが可愛い(盗ませるように仕向けたとしか見えなかったが)。

 尚、キスシーンの前に、2人が笠智衆演じる教授から呼び出される場面があり、このシーンの笠智衆もすこぶる面白く、脇筋に過ぎないが、こゝがもう一つのハイライトシーンだと云いたくなるぐらいだ。

 二話「霧の中の少女」は鈴木英夫。田舎の道。スクーターが走る。郵便屋か。画面後景には乗馬が見える。郵便屋は町に入り、荒物屋へ。若い(中学生ぐらいの)中原ひとみが速達を読んで飛び出していく。父母は藤原釜足清川虹子。祖母が飯田蝶子。3人は農作業中だ。半農半商か。お姉ちゃんの大学の男友達から泊まらせて欲しいとの速達が来た。3人の反応、特に飯田の鷹揚さがいい。そして、お姉ちゃんの司葉子の登場は、川で魚を獲っている場面でホットパンツ姿。一緒にいる弟は、成瀬の『おかあさん』ではテツオをやった子だ。

 門田駅。汽車の入ってくるロングショットがまたいい。司の友達は小泉博。バスに乗って司たちの家へ。こゝから、夕食シーンや翌日からの子供達との生活を繋げ、藤原と清川、飯田らの反応の違いや、中原の天真爛漫な姿でずっと愉快な場面が続く。そして、小泉と司、監視役の子供たちだけで山の温泉(「中の沢」とバスの行き先表示が見える)へ行くシーケンスになる。この場面での夜の濃霧の造型は特筆すべきだろう。霧の中、司と小泉を捜す中原と遅れてきた飯田。また、温泉の湯舟に、左から、飯田、中原、司が浸かって、頭だけ出して、会津磐梯山を唄う場面がハイライトだと思う。途中でカットを割って、仕切りの向こうの湯舟にいる小泉が聞くショットを挿むが、多分、長回しだったのだろう、世代の違う3人の女性が大笑いする幸福な画面。これは、最良の飯田蝶子の一つだとも思う。全体、タイトルロールである中原の画面内での動かし方も特筆すべきだろう。豊かな自然、開かれた空間で人物をのびのびと動かすときの鈴木英夫の才が存分に発揮された傑作短編だ。

 三話「女同士」が成瀬。病院の前。その看板。電話に出る高峰秀子は、登場シーンから、不貞腐れているよう、あるいは、ちょっと意地悪そうな、心理的な演技をつけられていて、これは私には違和感がある。電話は急患の知らせで、夫の上原謙は、看護婦の中村メイ子と往診へ。高峰が靴を磨いたのに、中村もブラシをかける、といった描写はイジワル成瀬らしい。この後の高峰と姑の長岡輝子との会話(布団を干す話)で、中村のことを、ちょっと横着、みたいに云う高峰。次のカットで、そんなことないわよ!(あるいは、失礼ね!だったか)と中村が八百屋の小林桂樹に強く云うのを繋ぐのも、極めて成瀬らしい繋ぎだ。中村の布団も干そうと高峰が押入れから出すと、日記が転がり落ちてきて、そこには夫、上原への思慕が綴られている、という展開だ。

 東京駅。赤煉瓦の建物。高峰は兄の伊豆肇と喫茶店で会い、中村の日記の件を相談する。続いて自転車に乗る高峰のショット。私は『あらくれ』を(『二十四の瞳』ではなく)想起する。こゝから八百屋の小林を軽く焚き付けるのだが、注文したジャガイモの中にリンゴを入れて中村に渡す小林のシーンでは、中村はかなりツンツンしている。しかし、あっという間に中村と小林は結婚の約束をしている、というのがやっぱり成瀬らしい早い展開なのだ。祭りの夜に小林と中村が将来のことを話すシーンが微笑ましいが、しかし、オフで救急車のサイレン音を入れる、というのも成瀬の常套だ。そして、ラストはもう出オチのように、八千草薫が登場する、というのはある意味ネタバレだろうが、もういろんなところで書かれているので、書いておいてもいいだろう。冒頭同様の不貞腐れた感じで台所仕事をする高峰で終わる。なんて毒のあるシニカルなオチ。成瀬の特質が短い時間にギュッと凝縮された面白い作品だと思うが、ただし、高峰の造型には一貫性がないとも感じる。それが最初に書いた違和感にも通じる。

(評価:★4)

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