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[コメント] 君と別れて(1933/日)

夜の道を不良少年たちが走る。怯えながら歩く水久保澄子ともう一人の芸者。置き屋の中には女将の飯田蝶子や芸者の吉川満子たちがいる。
ゑぎ

 飯田は競馬の予想に心奪われており、キセルを逆に咥えようとする。飯田蝶子の出番は、この冒頭だけのゲスト出演だ。この場面で、こっくりこっくり居眠りをしている若い芸者が、表から聞こえる蕎麦屋の笛の音が耳に入り、夢の中で蕎麦を食べようとする、という状況を二重露光で表現したショットがある。

 吉川は、アパートに帰り、眠っている息子(中学生)−磯野秋雄の寝顔を見る。翌日、吉川の部屋に水久保が遊びに来ているときに、息子の同級生が訪ねて来、しばらく学校に来ていないので、様子見に来させられたと云う。カメラは、驚く吉川にドリー前進移動で寄るのだ。線路の土手で寝る磯野。母親が芸者であることを気にしてグレてしまっている。夜はナイフを持って出て行き、不良たちと合流する。

 吉川が、水久保から息子に話をして欲しいと頼む橋の上のシーン。後景の運河の向こうに、工場地帯の煙突がいっぱい見えているロケーションで、単に二人を切り返すだけでなく、一方を反転させて二人とも正面を向いているショットを挿入したり、橋の横側から180度切り返して背景を映し込んだりと、実にきめ細かな演出を見せる。ちなみに舞台は大森の花街(二業地)とのことだ。

 そして、水久保が磯野を誘って彼女の実家、海辺の町へ、二人で行くシーンが、本作の一番良い部分だと私は思う。汽車の中。窓から見える景色はスクリーン・プロセスだが、窓外に置いたカメラ位置のショットも挿む。明治チョコレートを食べる二人。磯野も笑顔を取り戻す。海辺の町は、坂の町だ。水久保の弟は突貫小僧で坂道でコケて酒瓶を割る。水久保の家。酒ばかり飲んでいる父親は河村黎吉だ。妹も芸者にと口ききするよう頼まれるが、断る水久保。怒る河村とのやりとりを磯野は階段で立ち聞きする。

 この後の、海辺での、磯野と水久保の会話シーンも、なんてきめ細かなカット割りだろう。ミカンの受け渡し。水久保が立ち上がる際に、アクション繋ぎでフルショットに転換したり、二人それぞれを反転させる動作で切り返したり、アップ挿入のタイミングもたまらない。おまけに、水久保のもっとも大事な科白の字幕を、黒地ではなく海のショットの上に出すという処置にも感動する。磯野は母親−吉川の芸者としての辛さを理解する、という彼の転機となる場面でもある。

 さて、終盤は、磯野が不良仲間から抜け出そうとすることで起こる事件などが描かれ、急展開をむかえるが、詳細は割愛する。ラストシーンは、タイトルを現わす品川駅の別れのシーンだ。こゝもフルショット、バストショットとアップ、あるいは、人物の振り返り動作をからめた見事な演出を見せてくれる。映画全体の中での位置づけや、重要性を考えると、水久保が全き主人公、本作を背負って立っていることがよく分かる。

(評価:★4)

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