大掛かりなモブシーンや合戦シーンは少ないのだが、日本家屋における人物の座位でのフルショットが、画面に安定感をもたらしているし、加えて、役所広司をはじめとする演者たちの気迫に圧倒される場面が続く映画だ。

　また、今さら黒澤を持ち出すのも気が引けるが、役所がその妻−松たか子を連れて芸者遊びをするシーンにおける２台カメラのマルチ撮影は、あゝ黒澤っぽいなぁと思わせる演出だ。役所が長崎のカンカン踊りをやり始め、松も加わって踊るシーンのカッティング。他の場面でもマルチ撮影は使われているが、あとは、終盤で負傷した役所を、芳根京子が見舞う場面のカッティングも目を引いた。ただし、芳根の扱いは、若干中途半端か。もうちょっと出番を増やして、魅力的な場面が作れていたら、と思う。惜しい。

　本作でも役所の力量には感心させられたが、中でも夜（芸者遊びの帰り道）、若侍たちに襲われる場面で見せる迫力は大したものだ。あと、官軍に嘆願書を届けに行った場面での、土佐藩軍監−吉岡秀隆との対峙シーンの胆力も見事だ。また、対する吉岡も、なかなかの迫力で、良いシーンになっている。

　そして、これらの場面を際立たせるのが、妻に頬を剃ってもらう姿や、舶来のオルゴールを贈る、といった、優しい、心穏やかな場面を挿入している部分があるからだろう。オルゴールの「庭の千草」の調べが、終盤まで効果的に使われている。

　あと、カメラワークでは、ズームはほとんど使われないが、山駕籠に乗せられた役所が峠道を運ばれるショットで、ロングショットからとても長いズームアウトによって超ロングまで引く、このズームの使い方には素直に驚かされた。