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[コメント] 百花(2022/日)

ファーストカットはテーブルの上の一輪挿しに枯れた黄色の花。オフでトロイメライの調べ。こゝからパンし、同一ショット内で(カットを割らずに)、原田美枝子を3度登場させるように見せかけた擬似シーケンスショットになる。
ゑぎ

 続く、菅田将暉が部屋に入り、母親の原田がいないことに気づき、家を出て道路を走り、公園に続く階段を上っていく移動ショットは、疑似ではないシーケンスショットだろう。以降、多くのシーンで長回しが使われるのだが、撮影の今村圭佑が長回しの移動撮影の名手だということで、これは彼のアイデアだろうか。多分、それは違っていて、監督が長回しをやりたくて、この撮影者にオファーしたのではないかと私は思う。

 例えば、原田を診察した医者−長塚圭史や、菅田の妻−長澤まさみのエコー検査をする産婦人科医−板谷由夏の顔がはっきり映らなかったり、AI「KOE」の場面で登場する、北村有起哉岡山天音河合優実の三人も同様にほゞ顔が映らない、という画面は、普通の撮影者なら、切り返し(ショット/リバースショット)、もしくはバストショットぐらい必要だと考えるだろう。それを引いた長回しだけで押し切っているのは、監督が相当にこだわった結果としか思えないのだ。これらは、内情をよく分からない完成した作品だけを見る私なんかには、ほとんど、傲慢とも思える演出だ。長塚圭史なんか、菅田の奥で正面(こちら)を向いているにも関わらず完全にフォーカスが外れたショットしかない。今をときめく河合優実もワンシーン(ワンカット)のみの出番。

 だからと云って、非難したいと思っているだけではない。実は、ある意味、やりたいことを押し通した、パラノイアックな画面には、確かに力があると思ったのだ。脇役の見せ方に改善が必要であることも確かだが、阪神大震災の場面の驚愕のシーケンスショットなど、この監督の今後の作品を、ぜひ見てみたいと思わせるだけの画面の力を感じることができた。

 また、本来は、まずは何と云っても、この原田美枝子について最初に言及すべきだったとも思うが、彼女の扱いについても、ある種のパラノイアックなこだわりを感じる。メイクとコンピュータ処理の併用なのか?約20年の歳月を演じさせて、違和感が皆無とは云わないが、しかし、決然とした演出姿勢ではないか。今さら彼女の濡れ場まで見られるなんて、思ってもいなかった。あるいは彼女にまつわる黄色のサインの連打(黄色の花、カーディガン、コート、帯など)も良いではないか。菅田も長澤も安定した仕事ぶりだが、やはり本作は、原田美枝子が背負って立って、圧巻の作品だと感じる。

 そして「半分の花火」に関するプロット展開と、記憶と忘却のテーマに結びつける話の運び、AIの帰結も含めて、私は悪くないと思った。エンディング近くで菅田の子供時代をフラッシュバック攻撃で見せるウェットな演出は、私の好みではないし、上にも書いた気になる部分はあるとしても、本作も十分に佳編だと云っていいと思う。

(評価:★3)

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