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[コメント] 女性の勝利(1946/日)

タイトルクレジットに昭和21年4月完成と出る。裁判所。田中絹代が法服を着て登場する映画。彼女は弁護士を演じる。最初に待合室で同僚の風見章子と会話するシーンがあり、本作の基本設定を軽く(疑問を残しながら)セットアップする。
ゑぎ

 すなわち、今日出獄した人の噂話。身体が弱っており、出所してそのまゝ入院する。その人が裁かれたとき、田中のお姉さんの夫が検事だった。出所した人は、田中といい仲だった、など。

 先に主要人物の配役を書いておくと、出所した人というのは思想犯だった徳大寺伸。警察に痛めつけられて入院が必要なぐらい身体が弱っている。田中の姉は桑野通子で、本作が遺作だ(本作完成前に急逝。享年31歳)。田中にとっての義兄(桑野の夫)は、戦前戦中と思想犯を裁断した検事という設定で松本克平が演じている。他にも重要な人物が何人かいるが、下に書いていこうと思う。

 本作も当時の時節に合わせて、かつての思想弾圧に関する糾弾や、封建主義の否定、特に女性自身の意識改革、といったことを啓蒙する意図が透けて見える作りであり、田中が弱い女性に対して上から目線で教条主義的な科白を云う部分などは気にはなるのだが、しかし、演出および画面造型は圧倒的な映画性をたゝえている、溝口健二らしい力のある作品だと思う。

 私が特に指摘したいのは、全編、切り返しが無いという演出基調だ。ほとんどが屋内シーンの会話劇だが、人物を横か縦に並べて長回しで撮っている。細かくドリーで寄ったり引いたりし、パンも多い。人物を徐々に縦にしていくような動かし方も多い。手前に母親の高橋とよと桑野を置き、奥に田中とか、手前にベッドに寝ている徳大寺、その後ろに田中、さらに後ろのドアのところに桑野だとか。この、切り返しをしない、という演出で際立っている場面が、勝手口にお肉を買って下さいと云う、赤ん坊を背負った女性−三浦光子が来る場面。田中が代金の30円を取りに行っている間も、カメラは三浦を映したまゝで、オフ(画面外)から、高橋の「朝倉さんじゃない?」という科白が入る。決して、高橋や田中を切り返さない演出だ。そして、全編でも一番凄い演出だと云っても過言じゃない場面が、再度、三浦が夜中に訪ねてくる場面だ。三浦の自失する演技を、田中とのやりとりの中で、延々と長回しで撮る。こゝは真に鬼気迫る場面だろう。

 ただし、思った以上にカットを割るシーンもある。例えば、姉の桑野に招かれた田中が、義兄の松本と対峙する場面。松本が「自分は沼のように静かにしていたい」(問題を起こしたくない)「検事正への昇進を狙っている」という主旨の発言をし「田中を弁護士にしたのは私だ」とこれまでの援助の恩を着せ、自分に従わせようとする場面なのだが、このシーン中で、2、3回はカットを割るが、それでも、決して、いわゆる切り返しではない。会話する田中ではなく、桑野のリアクションなんかを挿入する。これはその必要があるからなのだ。あるいは、終盤の裁判シーン(被告が三浦、検事が松本で弁護士に田中)は、とても肌理細かくカットを割り、アップに近い田中のバストショットまで見せるのだが、やはりこれも、例えば裁判長−奈良真養と田中だとか、三浦と田中だとかを、ショット/リバースショットで繋いでいるワケではない、どうしても、弁論する田中の正面バストショットが必要だから使われていて、観客はその必要性に疑問をさしはさむことができない、という演出なのだ。

 本作は、タイトルもキャッチーだし、当時の占領軍指導で設定された社会的テーマ性とその昇華の程について言及されがちな映画だろうとは思うのだが、そんな側面だけで見るのは甚だ勿体ない、溝口らしい圧倒的な演出力を見ることのできる逸品だと思う。溝口のこの時期は、少なくも質的には、決して不調期ではない、戦後第一作から素晴らしかったのだと認識を新たにした。

#備忘でその他の配役等を記述します。

・田中には妹もおり、内村栄子という人だが、この女優も綺麗。弁護士待合室で田中にお茶を入れる事務員も綺麗な人だが名前は分からない。徳大寺を看る看護婦は、井川邦子(当時は河野敏子)。田中、桑野、三浦も含めて若い女優は皆、映画スターのような美人ばかりだ。

・桑野の姑、若水絹子が上手い。義理を欠く田中に関してイヤミを云うお婆さん。

・徳大寺を慕う学生の一人に大坂志郎がいる。

(評価:★4)

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