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[コメント] フリーダムランド(2006/米)

誘拐事件と人種問題が同時進行で描かれる事で、恰も左右の視差によって眼前の対象が立体視されるようにして、「他人から虐げられ、無視された者」の哀しみという主題が見えてくる。ブレンダの息子と同様に、ロレンゾが喘息持ちであるのも、その為だ。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







その証拠に、カージャックされたと言うブレンダ(ジュリアン・ムーア)を事情聴取していたロレンゾ(サミュエル・L・ジャクソン)は、彼女が急に、息子のコーディが誘拐されたと告げた瞬間、呼吸困難を起こして薬用スプレーを何度も口内に噴射する。また、遂に黒人らが警官隊と衝突し、ロレンゾ自身も警棒で殴られて意識が朦朧とする場面でも、彼の眼前にコーディの幻が現れる。その姿は、現実にロレンゾの前にいる、暴動の炎を背に立つ黒人少年の姿と重なるものなのだ。

ロレンゾは冒頭、麻薬所持で逮捕されかけている黒人少年ラフィクの件で他の警官たちと揉めていたが、このラフィクが、終盤での乱闘の引き金を引く事になる。また、ブレンダに頼まれてコーディを埋葬していたビリーについて、その妻からロレンゾは何度も、いちど話してほしいと頼まれていた。誘拐事件の捜査に気をとられ、時間を割かれていたロレンゾは、それまで「おやじ」と呼ばれて親しまれていた黒人達からの信頼を失い、結果、暴動を止める事が出来なかったのだ。

ビリーは、失業者である事を妻から詰られて自尊心を傷つけられ、そのせいでブレンダの許へ走った。ブレンダもまた、家族から見放されたせいで、麻薬なり、育児なり、ビリーなりに依存していく事になる。彼女に向かってコーディが命令口調で「行くな」と言ったのは、彼女から愛されていないという思いからだという事も、ブレンダの告白から感じとれる。ロレンゾもまた彼女に、自分の息子が強盗を犯して収監されているのも、両親の不仲や、家庭を顧みない父親のせいだ、と告白する。

既に廃墟と化した、「Freedomland(自由の地)」と呼ばれた施設で、孤独と虐待に耐えていた子供たちの残した靴や人形などが、懐中電灯で照らしだされる光景は、人間の精神のグラウンド・ゼロ。この、荒廃の痕跡しか残さない場所で、本来なら営まれるべきであった、子供たちに愛情を注ぐ行為を、ブレンダは、自分が勤めていた施設で、黒人の子らを相手に行なっていた。だが、事件のせいで、そこで築いた信頼も、崩れていく。

この「フリーダムランド」で、遂に狂言誘拐の真実を告げ始めるブレンダ。ここで彼女が、かつて子を奪われた母親の告白を黙って聞いている間の、前後に体を揺らしながら、苦しみに耐えかねているその横顔の表情。この場面での演技が、本作でのジュリアン・ムーアの演技では白眉だろう。作品全体も、彼女の繊細な演技に支えられている面が強い。

(評価:★3)

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