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[コメント] 非機械的(1958/インド)

音と狂気に対する態度。
田原木

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 このリッティク・ゴトクという人が音にこだわる映画作家であるということは,様々な人の口にのぼり,もはや周知となっている。リッティク・ゴトクの初期作品である本作品でも,そのこだわりの萌芽を見ることができるが,特に聴くべき音は,本作品の主題ともなっている自動車に関する音であろう。その音は,時に喜劇的に,時に悲劇的に聴こえ,様々なことを観客に伝えようとしている。

 例えば,自動車のエンジンがヒートアップした際に主人公が給水口から水を注ぐ時に聴こえてくる音である。この時,付けられている音はまるで人が水を飲む時に鳴らす音のようである。(なお,このように自動車をまるで人間のように扱う演出は,本作品ではヘッドライトの変則的な使用等至るところで見ることができる。特に,主人公が女を追うくだりで,故障した自動車が鼻面を蹴られた時に下げるヘッドライトが悲しい。)。これは喜劇的な音といえよう。コメディタッチの本作品ではこのような喜劇的な音が他にも多数付けられ,本作品をコミカルに彩っている。

 他方,悲劇的な音といえば,やはりあの終盤の自動車解体時の音だろう。顔を歪める主人公の裏で,乱暴に解体されていることがわかる音が付けられている。主人公の自動車への深い愛を知る観客にとっては身を切られるように辛い音である。しかし,主人公と観客はその直後,ある音によって救われる。それは自動車のクラクションの音である。この音は解体現場脇の野原で笑顔で楽しそうにクラクション部分の機材を弄って遊ぶ幼児の姿と共に鳴っている。このカットを見た時,同監督作品である『ティタシュという名の河』で笛を吹きながら草原を走り回る子供のカットを思い出す人もあろうが,あのカットとは異なり,ここには誕生や再生といった幸福なイメージしかない。主人公の笑顔とその瞳から零れる涙を側面からアップで捉えたラストカットも,この幸福な音によって説得力が増しているわけである。

 音以外にも見るべき点が多数ある本作品ではあるが,特に指摘すべきは,坂の上で自動車が故障した際に主人公が偶然遭遇するパレードに纏わるシークエンスと,洗面器に執着する男のエピソードであろう。

 前者については,何故かパレードの先頭に立ってそれを引き連れて主人公が歩く時の,又は夜間に多数の人々が集まって踊る時の映像的美しさや,自動車の気持ちを代弁するかのような男女の遣り取りのコミカルさが良い。

 他方,後者については,その男のコミカルさではなく,男と主人公の対比によってリッティク・ゴトクが表現しようとしている点について指摘したい。というのも,男と主人公は,洗面器/自動車といった人以外の物に執着を示している点で共通しているが,その執着の実質的意味の点において対比するように表現されているからである。その対比が最も明らかに示されるのは,その洗面器/自動車が壊れてしまった際のそれぞれの対応である。主人公が新しい自動車に対して否定的な態度を示すのに対し,その男は新しい洗面器に対して肯定的な態度を示す。ここでリッティク・ゴトクはその男が新しい洗面器に喜んでいるシーンを単なる独り言を言っているという形で撮っている。あまり好意的な撮り方とはいえないだろう。これに対して,主人公に対しては常に同情し,かつ好意的な撮り方をしている。特に主人公の手伝いをしている少年の視線の奥には監督自身の暖かな視線を感じずにいられない。リッティク・ゴトクがこのように両者で異なる態度を示すのは何故か。その解答にはリッティク・ゴトクがその作品において用いる狂気を思い出すのが有効かもしれない。思い返してみれば,リッティク・ゴトクがその作品において用いる狂気の裏にはいつも愛があった。愛ゆえに人が狂っているのである。本作品においても,物に異常な執着を示す二人は狂っているわけである(主人公が狂人と呼ばれながら子供に泥を投げられるシーンが想い起こされる)。しかし,男にはその裏に愛が無い。となると,愛の無い狂人であるその男を好意的に扱わないのも納得がいく。つまり,このエピソードにはリッティク・ゴトクの狂気に対する態度が端的に示されていると考えられるわけである。

 以上,長々と書いたが,本作品は非常に面白い作品で,又,観覧後は心が温かくなる作品であった。

(評価:★4)

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