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[コメント] ガートルード(1964/デンマーク)

読みとるべき文脈というのがあるのかも知れないとは思うが、愛に生きる女の矜持に全く興味を覚えられなかった。ドライヤー75歳、彼の峻厳な方法論は舞台美術音響に踵を接するに至っている。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







妻ゲアトルーズは若いピアニストを愛して夫に別れを告げるが、再会した元恋人の詩人からピアニストは浮気者と知らされ失意。夫とも別れて詩人の誘いを断りパリに出て老いるという話。60年代にしては驚くほど俗っぽい物語で、デンマーク固有の切り口があるのかも知れず何とも云えないが、少なくとも私の興味は惹かれない。

妻は夫にも詩人にも、仕事を優先して私の愛を二の次にしたと苦情を云う。回想が二度あり、心理の説明用で余り面白くないのだが、妻は詩人の紙片に書き留めたワンフレーズ「女の愛と男の仕事、はじめから敵同士」を見て激怒して別れている。この「世界的な」詩人はエロスを汚らしいものとしてきた旧世代から愛と性を開放したとか学生鼓笛隊が歓迎パーティで讃えている作風だから、ゲアトルーズは彼の詩の弱った具現化だったのだろう。老年のパリでも夫から逃げた彼女を匿ってくれた男のラブレターの束をまとめて返却している。墓碑銘は「愛が全て」。弱ったご婦人という感想がある。

物語上の面白味は二か所、元恋人の悲恋を見て「こうして人は老いるのだ」とさめざめ泣く詩人と、彼女が裏切りを知ってなおピアニストに「自分の愛のために私は戦う」と逢いに行く件だろうか。ピアニストは金満婦人に囲われた若いツバメだったというオチなど俗っぽいが、愛に生きるゲアトルーズを運命が揶揄っていると取ろうと思えば取れるのだろう。本能のままに生きたい語り、娼館行きが趣味の彼を愛してしまったのは、愛に生きる彼女の因果としか思いようがないが、そこに大した批評はなく、彼女を破れた英雄として描くにとどまる。結局、この浮気者しか愛せなかった彼女は年下趣味だろうかと思われたりするのだった。ピアニストは恐怖から神を信じ、彼女は信じないという対話別れ話の最後にあるが、提示に終わっている。

厳格な人物配置、目線の抑揚は古典劇の舞台風、長広舌も舞台風で特に刺激はない。「貴方は私の愛に疲れた」みたいな主題は、マスムラみたいな脂っこいのを見飽きた後代からは淡泊に見えてしまう、ということなのだろう。ゲアトルーズの脱衣のシルエットを褒めるような批評があるが、そんなのは別にありふれているだろう。いいのはピアニストの元に駆けつける決意をする晩に「犬に追われて裸で走って、犬に追い抜かれたところで目覚めた」という夢、これが詩人と逢うパーティの別室に、森のなかの裸婦の絵画で表象される件。それから、婚前に詩人からプレゼントされた鏡、夫のプレゼントと重複したため夫の応接間に飾られており、詩人との別れに際して活用されている。

ミニマムな音使いは引き続きの厳密があり。基本、音響室のような沈黙が支配するなか、教会の鐘がシークエンスの最初と最後を示したり、裸婦像の公園では幾種類かの小鳥の声が交錯し、同衾の件では衣擦れの音、しかし『奇跡』の時計ほど劇的な効果は上げていない。タイトルでも流れるピアニスト作曲の歌曲は前衛的でとても格好いい。

(評価:★3)

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