コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] なつかしの顔(1941/日)

そのフィルムに夫は映っているのかを巡る不確かな現実。ナルセ当然のリアリズムのなかに不思議な幻覚描写が突然挟まれるのが大いなる見処。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







いつもニコニコしている花井蘭子も苦労しているのだという感慨。彼女はねえさんと呼ばれるので混乱させられるが、出征中の長男の妻を義姉さんと呼ばれている。馬野都留子の子が弘二小高たかし、弘二の兄良一は戦地、兄の嫁お澄が花井、模型飛行機持っている金持ちの新ちゃんが小高まさる

模型飛行機で遊んでいたら軍隊ラッパが聞こえる。子供らはわあと駆けて行って、ゲートル撒いた青年たちの行列の最後列に加わる。弘二は模型飛行機取ろうとして木から転落して「名誉の負傷」と云い、空飛ぶ飛行機をいまのは練習機といい当てる。この子らの憧れはどうしようもなく軍隊だった。弘二は模型飛行機がほしい。

飛行機は亀岡で買ったと云っているから京都の話か。馬野の弟が藤和欣治。彼から兄がニュースフィルムに映っていると聞いて、馬野も亀岡に行き(花井も行くつもりだったが、息子の看病で残ってしまう)、乾物屋で模型飛行機を見つけるが高くて(80銭)買えない。

「日本ニュース 第14号」を公民館みたいな映画館で観て、「炎熱下宣昌前方の残敵掃蕩戦続く」の報、アメリカに住む同胞の優良児の審査会という気楽な報道がありつつ(優勝した赤ん坊の笑っているショットが面白い)、やっと戦争の様子、馬野はさっそく涙拭くが、あっさり終わる。馬野は当人を観る前から盛り上がって泣いて、肝心の処を見逃した。そして狐につままれたよう。

帰ってきて嫁と息子にどうだったと聞かれ、元気だったよと嘘をつく。子供に突っ込まれても生返事しかできない。花井に「明日はお前、行って観ておいで」「ええ」と嬉しそうな花井。この辺りの、よい方にも悪い方にも転ぶ不安定さがとてもいい。

花井も亀岡へ。彼女も乾物屋で模型飛行機を見つけて、映画を観ずに飛行機を買って帰る。そして母とふたり観ていないもの同士で話を合わせる。しかし同じ日に観に行った政ちゃん(澤井一郎。この子はフィルムに兄の姿を確認している)に花井は来ていなかったと指摘され、弘二は花井の前で模型飛行機捨てて泣き出す。

花井は飛行機買うために観なかったんじゃないんだと云って聞かせる。「義姉ちゃん何だか観たくなかったの。兄ちゃんの姿観て涙でも零したら、おかしくない? だから観なかったのよ」。銃後の女は感情を殺せという規範を意識して、人前で涙を流す行為を抑制した。ということで『陸軍』と同じ主題を逆から語るのだろう。本作の花井はずっと微笑んでいてとても感じが良いのだが、この微笑みの後ろに色んなものを隠していると知れるのだった。この気遣いに戦中も戦後もないだろう。

(ラストは深見泰三の先生がみんなのために映画を借りてきたと報告し、みんな喜ぶのだが、そうして観たら兄は映っていなかった、というオチはどうだろう)

田圃の畦道を軍隊が数名屈んで駆けていて、銃声がする。バスで映画観に行く花井が振り返ってこれをぼんやり眺め、物思いに耽る。ほのぼのした劇伴が鳴る。花井のバスが通り過ぎた道を、軍隊が斜めに横断する。この件はとても斬新だ。どうやら花井の中国大陸の幻覚としか解しようがない。ナルセ史上最高に斬新な幻覚ショットだった。戦地の亭主を思案するのだ。彼女は微笑みの後ろにこんなものを隠していたのだった。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。