コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 恋文(1953/日)

夜の女たち』『女囚と共に』『女ばかりの夜』らがパンパンを正面から描いた秀作だったのだから、オンリーは許されるがパンパンは許されないという道徳を久我中北でもって展開する本作は不思議に思われる。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







恋人探すしか望みはなく、翻訳で食い繋いでいる森雅之は旧軍の戦友宇野重吉に誘われ、女性たちから帰国した米兵宛ての英文ラブレターの代書屋の手伝いを始める。送金がこないという訴えが基本で、もう逢えることはないのに当人は逢えると思っていると噂されている。手紙の翻訳に500円、返事の代書に1,500円。常連に安西郷子三原葉子(若くて判別がつかない)。近隣の古本屋の沢村貞子香川京子は、大量に並んでいる米婦人雑誌は立川から流れて来るのだと語っている。

代書屋に来る女たちはパンパン(街娼)なのかオンリーなのか微妙なところがある。派手な服装からしてパンパンなのだろうが、ただのワンナイトではなくオンリーに成り上がり、一定の同居生活があったのだろう。そうでないと帰還兵に仕送りを所望することはない。金回りが良さそうでお洒落して犬連れている清川玉枝は純粋なオンリーなのだろうか。彼女もこの断片だけでは出自は判らない。

久我美子の来歴もこの区分が問われることになる。森と喧嘩別れして、仲を取り持つ弟の道三重三と一緒に待つ日比谷公園に森は現れず、ふたりが歩いていると米兵に続いて、中北千枝子らパンパンが通りかかり、あらキャンディー久し振りとか云って久我に纏わりつく。この三人がしつこいのがいい。逃れた久我は道三に、フェンス越しの高層ビルバックにして、彼女たちは店勤めしていたときの常連、私はオンリーだけどパンパンじゃなかった、証明はできないけど信じてと縋り、ずっと善人だった道三が一瞬見せた動揺に衝撃を受けて道路に飛び出し轢かれる。

遡って、旧軍人の森は、代書屋での宇野との応接を控室で聞いて久我がオンリーと知ってしまい、やっと再会できたのに久我を詰ってしまう。久我の初婚の夫は戦争で死んだのだが、森の論法は、彼はアメリカに殺された、そのアメリカ兵に殺されたかも知れないではないか、というものだった。

本作は森がオンリーについて理解を深めていく物語ではある。宇野はパンパンたちについて「誰が尻拭いをするんだ」と責任を感じていて、それももっともだと森は同業者になった。宇野は久我に対する森の頑なさを怒り、もっと寛大になれと諭し、ラストの病院に駆けつけるタクシーのなかで、宇野は森に、あの戦争で罪のない者などいない、罪なき者はまず石を投げよだと大宅壮一みたいなこと云って、『死なない頭脳』のヴァージニア・リースみたいな包帯姿の久我とのカットバックで映画は終わる。

本作の不満は以上のように、オンリーならまだ許されるがパンパンは許されないという結論、久我対中北の間に線引きをしたことにある。そうでなければ、久我をパンパンに描くべきだっただろう。この蟠りを田中監督は共有し、自らの主演作『夜の女たち』(48)、『女囚と共に』(56)を想起したに違いない。『女ばかりの夜』(61)では、正にパンパンを正面から描いて秀作としている。

本作は豪華「特別出演」が端役で登場するのにヒッチコック作品のような愉しみがある。田中絹代月丘夢路は代書屋の客役で、それぞれ年増の味出している。道三が出店するブックスタンドに店の壁を貸すとんかつ屋の女将に明るく花井蘭子(道三は出店を警察にも相談している。道路管理者ということか)。久我の下宿の大家に入江たか子、彼女勤め始めたレストランの口うるさいフロント上司に岡村文子、その客に科白なく笠智衆井川邦子佐野周二は判らなかった。

舞台の恋文横丁は現在はなく、文化村通りに本作の舞台になった旨書かれた碑が立っている。映画(セットに見える)では「すずらん横丁」と提灯型のアーチがかかっている。その他、ロケは渋谷の町並みのいい記録で、ハチ公も再々登場。特に森が久我を発見する件、スクランブル交差点に信号も歩道もがないのが確認でき、国電に至る階段はいまと同じに見える。他では、久我と道三が再会する並木のある雨の水路がとてもいい味があるだが、玉川上水と思われる。

兄弟の下宿にプレスのコーヒーセットが揃っているのは外国通の森の造形の一部だろうか、それとも当時一般的だったのだろうか。森は客の女たちに貯金をさせていて、俺も通帳をつくったと云っている。貯金の習慣がまだ一般化していなかったのだろうか。道三が古本の転売で利ザヤで儲けているのは、今もアマゾンなどである手法。銀座ロケの交差点にまだAve.の道路標識が立っている。新東宝作品だが私の観た4K版では会社ロゴがなぜか抜けている。助監督は石井輝男。タイトルは手紙の便箋に書かれ、「監督 田中絹代」だけが封筒の裏面に書かれているのが洒落ていた。

(評価:★3)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。