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[コメント] BALLET アメリカン・バレエ・シアターの世界(1995/米)

170分の作品、あっという間に終わる。まだ観足りない。トルストイは人間の呼吸に合わせて筆を運ぶとナボコフは云ったが、ワイズマンの作品を観るといつもこれを思い出す。フィルムの底で鳴っているリズムがとても心地いい。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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本作は選ばれた才人達が主に登場する訳だが、それでも映し出されるのはむしろ平凡な日常、練習場の隅に段ボールが山積みになっていたりする。トゥ・シューズの摩擦音が生々しく、テレビ中継の漂白された人工美と対照をなしている。

驚くべきはそこにキャメラが据えられた事態そのもので。その他は平凡ですよ、と云われている気がしてならない。それは人生に似ているではないか。生きていることが奇跡であり、その他は瑣事であると。絵心豊かなタッチと抜群の編集で、これら瑣事の全てが肯定される。

最後の「ロミオとジュリエット」は凄い。2カメの接近で舞台が練習場のアングルで捉えられ、バレリーナの汗や息づかいはおろか、骨と骨のぶつかる音まで迫ってくる。鮮やかな収束と併せて強烈。ここまでの淡々としたタッチからすれば破格で、大向こうを意識したサービスにも思えるが、舞台裏と繋がった生々しさを捉えている点で趣旨を一貫させているのが素晴らしい。

練習場における振付師たちも印象に残る。「背中をアイロン台にして」ほか、巧みな表現が1ダースほども出てくる。ロシアの振付師の箆棒に上手い表現には目を瞠らされる。彼女は非凡だ。だがその表情は近所のおばちゃんのもので、その落差がリアルに記録されてある。心残りは、あのイカした老振付師の前衛バレエの、完成品が観れなかったことである。

(評価:★5)

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