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[コメント] 麦笛(1955/日)

世の中との折り合いをつけ兼ねる久保明。人生はもう少し簡単なものだと太刀川洋一中北千枝子も云うのだが、彼はこれからも簡単には生きられないのだろう。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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太刀川とおタマさん青山京子の恋人に横恋慕する久保の三角関係。お寺で青山が鼻緒切れて、久保が手拭切って渡すのに使わず片足で下駄ぶら下げて帰る青山の後ろ姿がまずもって素敵だ。

海岸で三人で遊んだ後で恋人だと告白する悪い奴太刀川。芝居を二階から観ていて、芝居がずっと映されて、久保がふっと気が付くと隣に太刀川がいない、という素晴らしいショットがある。太刀川は別の女をナンパしていて、おタマさんにそれでいいのかと久保は怒る。

病気で寝込んだ太刀川の枕元に座っていると、窓の外からおタマさんの吹くカチューシャの口笛が聴こえてくる。太刀川は「もし僕が参ったらおタマさんを頼むよ。君はおタマさんが好きだ。おタマさんを幸せにできるたったひとつの方法なんだ」という手紙を残して死んでしまう。太刀川は不思議な男だ。鷹揚で、自分が女にモテるのは当然と信じている。私も若い頃は、周りにこんな男がいた気がする。

岡山。殆どロケなんだろう、三浦光雄の撮影は箆棒だ。久保の実家の寺院の、二階の鐘撞堂を潜って本堂に辿り着く参道がまず素晴らしい。中北の結婚の人力車のギャグ。犬に纏われる件、小さな機関車。青山が勤める神社の横の茶屋。山腹の長い長い回廊が印象的。内海のいい夕陽。太刀川の葬式の折の、樋へ溢れる雨水。海際の雪の墓場は地獄のようであり、ラストの霧の砂浜に青山は連れ去られるかのように消える。

冒頭に嫁ぐ姉の中北千枝子。恋人と別な男の処へお嫁に行くなんてと見送りもしない弟の久保明を髪結いの浪花千栄子は「ニキビのせいだす」。友人の太刀川は「女はそれで結構幸せなんだぜ」。中盤訪ねた中北はさっぱりした調子で「女は追いかけられるのは悪い気はしないものよ」「お金なんか私もよくくすねたものよ」と、万事堅苦しい弟に笑いながら告白する。久保の思いつめているものとは違う処で世の中は廻っている。このズレの感じがとてもリアルだった。

久保が警察に太刀川を尋ねると、畳の広間で半裸になり入れ墨晒したヤクザたちが警官に折檻されて悲鳴を上げ「旦那、スミマセン」と情けない声で訴えているショットがあり、これがひどく印象に残る。太刀川の相手しているのは左卜全。賽銭泥棒の越路吹雪の件は少し退屈で、この時間帯が長いのが残念。父の坊さんに志村喬藤原釜足は寺の使用人の爺さん役。ベストショットは序盤、浪花の髪結い屋で女に囲まれて意味もなく鼻血出す久保。

(評価:★4)

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