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[コメント] 出口のない海(2006/日)

過去の回天映画のパターンが踏襲され演出は淡泊だが、穿った描写もあり後発でも撮った意味はあるんだろう。「あゝ紅の血は燃ゆる」唄う上野樹里という倒錯感が記憶に残る。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







冒頭から潜水艦乗っている、ある種不条理描写で途中から始める。潜水艦内部の美術が貧しく、天井がら降りてくる愉し気な潜望鏡も、館内を突進する手持ちキャメラもなくて、まるでユースホステルの雑魚寝のようだ。予算がなかったのだろう。物語は回想との往還で進む。

市川海老蔵は学徒動員、上野樹里と「あゝ紅の血は燃ゆる」(学徒動員の歌)を唄って、しかし地味な気分になり歌を止めてしまう。横須賀対潜学校の校長平泉成が講堂で特殊兵器の概要を実に大雑把に説明し(一撃必殺を期するもの)、搭乗の意志希望の如何を提出せよと命じる。ここでも海老蔵らは同じ歌を便所で唄う。

♪花もつぼみの若桜/五尺の生命(いのち)ひっさげて/国の大事に殉ずるは/我ら学徒の面目ぞ/ああ紅の血は燃ゆる

「五尺の命」と命を質量に換算するのがすごい。こうすれば確かに捨て安かろう。これは「見事」なプロパガンダ歌と云うべきだろう。艦内で唄われる「誰か故郷を想わざる」と何と対照的なことか。

志願して帰省した海老蔵が家族を守るために敵と戦うと云うと、特攻と知った父の三浦友和はお前は敵の姿を見たことがあるのかと問い、外国人の先生はいい人だったと云う。「個人は関係ないよ。国と国の戦争だから」「国とは何だろうなあ」友和は横になってしまう。彼はそれ以上云うことを持たないのだ。この人の諦念を抱えた中年の造形がハマっていた。海老蔵は終盤にこの会話を反復しているが、これほどの味はない。

山口は光基地。最初に脱出できない止まれない逆走できないと永島敏行ほかから受ける高飛車な説明がすごい。高飛車な調子でなければ説明などできないといった風だ。木製の回天を半分に切って運転席を外から見えるようにしての運転研修が貴重。その他板書の授業。そして線路で海岸から海へ投下された訓練機による実地運転。ここで海老蔵が失敗するのだが悔しさも可笑しさも残らない。

故障やら順番で発進できず泣き叫ぶみたいな展開は古川の『人間魚雷出撃す』と同じ。しかしここからが違い、海老蔵艇も故障。ともかく故障が多いのだ。それでも海老蔵は出発して自死する。後世に回天の悲惨を残すためと云い残して。しかしこれは甚だ説得力を欠いた。後世へ伝えるなら生き残ってすればいい。それこそが勇気というものだろう。だいたい、当時の報道は特攻を悲惨だなどとは報じていない。

学生野球出身話は岡本喜八の『英霊たちの応援歌 最後の早慶戦(』が想起されるが、あれほどの拘りは特にない。海老蔵の投手が画面に向かって投球し、捕手がミットを出し遅れるショットがあり、こちらにぶつかるのではないかと避けかけた。これが私的ベストショット。沢村投手が話題に出てきて喫茶店に写真も飾られている。海老蔵は肩を壊したと云っているが、壊していなければ沢村投手のように陸軍で手榴弾投擲の専門にされたに違いない。

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