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[コメント] 生きてみたいもう一度 新宿バス放火事件(1985/日)

被害者と犯人が通い合うヘヴィーな物語をヘヴィーなままに語る反骨。だである調が男前な桃井のさばさばした造形素晴らしく、情けない石橋蓮司との掛け合いはあの時代の邦画の珠玉。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







字幕「1980年8月19日東京新宿」。電光掲示の9時8分。今はなきバスロータリー中野駅行。新聞につけた火とバケツに入れたガソリンを出発前のバスに放り込まれ、バスは炎上、飛び出す客たちが火まみれになっている。桃井かおりも被害に合い、炎が上がったとき訳判らず微笑んでいるのが印象的。全身焼けて病院。全身熱症、受傷面積全身の八割。醜形、運動障害を残す。悲鳴を上げる入浴。何度も植皮手術。不倫相手の石橋蓮司に幡ヶ谷のアパート引き払うとだけ電話。髪切ってオンナじゃなくなったと嘆くが桃井かおりとしてはこちらの方が奇麗に見えるのはいいのか悪いのか。歩行訓練。母初井言栄と初めての外出。

ひとりで喫茶店まで辿り着き、石橋と入院後初めての再会。被害のとき石橋の借金の工面で投げやりな気持ちになっていた、このまま死ねば楽になると一瞬迷ったと語って、喋れてすっきりしたと語り、石橋も責任を感じていて泣いている。さばさばした桃井らしい造形と黒縁眼鏡のしょぼくれた石橋の対照に味がある。病状悪化と小休止が繰り返され、主治医佐藤慶も先のことは判らないと説明している。年金暮らしの父は職探しをはじめ、退院したら困るかと母に尋ねて、拗ねた押し問答になりたどたどしくリンゴ剥いている。痛々しい件だった。退院、母は一日も休まず病院に通った。タンクトップの腕も背中も火傷が痛々しく残っている。ときどき見せる傷跡に強度が篭っている。石橋の妻は癌になり死亡。石橋は結婚を申し込み、ふたりで暮らし始める。桃井は嘔吐し、石橋は看病し、桃井はフェラチオして石橋は止める。微熱が出て石橋は心配し桃井は鬱陶しがる。

石橋は出社していないと電話があり、金策の宛尽きて、誘われて「死んでお詫びします」と置手紙してふたりで雪の東尋坊へ自殺の旅。そっちに話が向かうとは予想しておらず不意をつかれる。くすんだ色調の車内や駅前や旅館で「死にたくないよ」「俺だって死にたくないよ」なんて会話がまことにリアル。石橋に遺書書けと云われて、ふたりで生きてみたいと書いて石橋は泣く。桃井はNHKに助け求めて、それ知ると石橋は舌噛んでしまうが死ねず原田らに助け出され、弁護士紹介してもらって、破産宣告が出るまで逃亡のふたり旅。初井に発見され連れ戻されるが、桃井はふたりのアパートに戻る。飯田橋駅での情感のこもった母子の別れの件がとてもいい。

冒頭から新聞記事で相次ぐ犠牲者が報告される。犯人の丸山博文柄本明は罪状否認し精神鑑定。起訴され法廷で覚えていないと全面否認。桃井のナレーションで犯人の不幸な来歴が語られる。酒呑みの父の酒買いに走らされた少年時代、放浪ののちとび職、妻が精神分裂症で子供は施設に引き取られ引き取りを認められず送金。NHKの原田大二郎がカメラ回した突撃インタヴューに、桃井は当然のように皮肉な回答続け、柄本を憎んでいない、憎んだらあの人より下の人間ってことになると答えている。他の人は犯人が判って安心できるのかも知れないけど私は安心できないと石橋に語る。サツマイモ生で齧る貧乏な友達を回想して、あの子といるときは劣等感感じないで済んだ、柄本も同じではないか。

石橋とのすれ違いのあと、桃井は柄本に手紙を書く(このときバス内の人々が紹介される)。貴方を裁く気持ちはありません、貴方は私の苦しみを全部は判らないことでしょう、同じように私にも貴方の寂しさ辛さは全部は判りません、辛いことはたった一人で我慢していくしかないのです、一度会いたい気がしています。拘置所に面会に行っても会って貰えないが平仮名だけのお詫びの手紙が来る。逃亡生活でもう一度、あたしより弱い人間を踏み台にして生き延びようとしたのかも知れないと自己分析している。自己破産後にも手紙のやり取りがあり、桃井は「三人とも間違いを犯したことは同じです。貴方も罪を償って生きてほしいのです」と書き、裁判を傍聴し、若き柄本明が抜群の造形を見せる。無期懲役の判決に「当たり前じゃない、死なれちゃたまんないわ」と桃井が笑って映画は終わる。

飯田橋のほか、高田馬場が記録されている。石橋蓮司はまだ病室で煙草吸っている。

(評価:★5)

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