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[コメント] 満員電車(1957/日)

抽象的なナンセンスと好意的に解しても、ばら撒かれた風刺らしき記号が煩しく残る。高度成長期の羨ましいお遊びという印象。ただ撮影は好調。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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いったい、『プーサン』とか『黒い十人の女』とか、和田夏十のギャグものは途中で放り出されることが多いと思う(『ぼんち』は例外)。本作も起承転結を追わないマンガとしては面白いのだが、後半になるに従い、どう観ていいのか判らなくなる類のものだ。

差別意識は時代ゆえ割り引いて観るべきだろうが、「小づかいさん」云々は気持ちの良いものではないし、精神病患者についてもそうだろう。「誰が狂っているのか判らない」の元祖はもちろんチェーホフの「六号病棟」であり、これに対抗するようなロジカルなジレンマが提出されねばならない処なのに、本作は上っ面を撫ぜているだけで何のコクもない。

そして他は何かコクがあるかと云えば別に見当たらない。大会社からボロ屋住まいに転落する川口浩に当てはまるサタイアやペーソスやブラックユーモアは見つけられない。社会的存在としての具体性が欠落している(私見では、チェーホフからベケットまで、そんな人物は扱われない)。要はナンセンスな存在というばかりなのだ。それならそれでいいのだが、それなら生涯給与だの何だのと思わせぶりな記号をばら撒くべきではなかろうと思う。総体、高度成長期の羨ましいお遊びという印象。私が勤めた役所の先輩は、50年代には昼休みに花見に行って酒呑んだものだったと「武勇伝」を聞かせてくれたものだったが、それを思い出した。

撮影手法は冒頭の雨傘の隊列に始まり、人物の前後配置や独身寮のセットなどの抽象度が印象的。オーソン・ウェルズを相当に想起させるものだが、本作はシュールを徹底させた点では『審判』(63)より先に撮られている訳で、立派なものだと思う。俳優陣もいい。川口浩は上手いものだ。杉村春子の不思議な造形は一連の渋谷作品が踏襲されており流石。笠智衆は演技がいつも通りなのが可笑しい。

(評価:★3)

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