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[コメント] エノケンの千萬長者・続篇エノケンの千萬長者(1936/日)

キートンを想起させるブルジョアのドラ息子もの。柳田貞一のブルジョア指南がもの凄い。肯定的な価値観などまるでなく、ただ単に怠け者の理想像を並べ続けてある種の迫力がある。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







♪俺は千万長者、大ブルジョアの坊ちゃんエノケンは13年振りに三等列車で上京して伯父の柳田貞一に機関銃のように叱られる。この大学教授みたいな賢そうな老人が滔々と語る調子が実ににいい味出している。「金持ちには金持ちの振る舞いというものがある」「人間というものは、自分の身分に応じた勉強をしないと何にもならん」「いったいお前たちは、自分の身分というものを自覚していないからいけないんだ。世間一般の人間どもと同じだと思ったら大間違いだぞ」「お前たちには使っても使っても使っても使い切れないほどのカネがあるんだ」「お前にはお前でしかできんことが控えているんだ」

田舎の家令の中村是公が質実剛健の教育をしたと胸をはると叔父はまた怒る。「質実剛健。そんな貧乏人の寝言を誰が教えろと云った。金持ちには金持ちの教育がある」。家庭教師を募集して酔っ払いの二村定一を採用。ウクレレで♪私の青空(広いながらも窮屈な我が家!)教えて女中を引っかけてエノケンが勉強すると怒り、わざわざ窓から抜け出して夜の街。エノケンは学生に集られてプールや野球場を造り、見合いしてプールにハメられたりしたあげく、学生からスポーツ部を追い出される。

小遣い月々3万円がある月1万4千円に下落して、叔父は二村に「しっかり遊んでくれなきゃ困るじゃないか」。二村は例の長い顔で「遊びなんてものは金が腐るほどあっちゃあ一行詰まりませんや。私だって昔は困っていたから色々と悪いこともできたんですが、金がいくらでも使えると思やあ、いくら悪いことやっても詰まらないし、仲間の奴等が相手にしてくれないんです」ととても穿った意見を返す。そしてエノケンに君にはもう悪いことは教え尽くしたと家庭教師を去るのだった。

エノケンの恋したおとしちゃん宏川光子は「いまの貴方と結婚するのはお金と結婚するようなものだと思うわ」、一人前に稼がない人と結婚したい、エノケンに働くよう頼むのだが、叔父は予想されたように、「金持ちの倅のくせに働く奴があるか。お前は金を使って遊んでおりゃいいんだ」と言明。真剣に怒っているのが可笑しい。うちの家訓に跡取りは働いてはいかんとも。エノケンはそれでも叔父の会社に出鱈目に就職して月給は30円。

柳田貞一の昔の女が訪ねてきて、懐かしいと唄歌う件がまたすごい。柳田は禿げアタマをパーカッション代わりに連打するのだった。家計図のトップは猿というギャグがあり、英国のブルジョアみたいだ。三千六百代も遡るとそんなものかも知れない。麦小路家の娘を娶るべしの家訓を云われてあの娘は「バカ」「低能」だと揶揄い続ける昔風。エノケンはミンストレル風に顔を黒く塗って麦藁帽をかぶってデュエットで「あの夕陽」を唄い、男女ダンサーたちも黒塗りでタップを披露している。これも当時のハリウッドのコピー。

エノケンがバーで絡んできた黒眼鏡のコックをノシてしまうジャンプカットは清順風で格好いい。隣の関西の夫婦もんの嫁は豆腐の角でどタマ打って死にさらせとすでに怒鳴っている。落ちぶれたエノケンは屑屋になり、駕篭背負って火箸持つスタイルが戦後と変わらないのが発見。ラストはこれもキートンのようにエノケンがたくさん出てきて適当に終わる。面白い喜劇だが、贅沢批判は荒木貞夫の『非常時日本』(33)の主題と通底する処があり、贅沢は敵だの風潮に迎合していたのかも知れないとも感じる。

(評価:★4)

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