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[コメント] インゲボルグ・ホルム(1913/スウェーデン)

キャメラは徹底してフィックスで、リュミエール兄弟なら50秒で終わる処を本作はこれで腰を据えて長回しをする。この呼吸が面白く、ある種前衛の極み(『立ち去った女』が想起される)、そして本作の主題に相応しかった。忘れ難いショットがいくつもある社会派告発作。タイトルは主人公の名前。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







雑貨店開店準備中に死んじゃった旦那さん。当時は死を映すという演出からして驚きがあったのだろう。妻はぐうたら店員と店をやりくりする。カウンター越しの長回しで彼女の苦役を捉えている。

弁護士に破産手続きを依頼、生活保護の申請に役所へ行くと、控室では行列ができていて、お婆さんを係の職員が殴っているのが強烈な印象を残す。公共支援委員会は審査のうえ、妻に救貧院(workhouse)、子供たち三人は「物乞いにさせないために」里親に貰われるよう決定。つまり生活保護は支給されなかったということだろうか。

親子四人、ベッドが並ぶだけの部屋で寝て、子供の荷造りしている奧さんが切ない。里親が順に迎えに来る。悲劇なのだが、当時すでに里親を紹介する制度が整っているのはとても進んでいると思わされる。門の処で子供に何度も抱きつかれるのを避けようと母は物影に隠れ、そして倒れてしまう。この長回しが重厚で忘れ難い。

翌日からは老人福祉。酒飲みの婆さんとのペアで老人の下の世話。養母から治療費の請求があり、母は脱出して娘に会いに行く。湾曲した施設の塀を乗り越える長回しは本作のベストショット。辿り着いた若い里親夫婦が意外にも親切で、陽気に斧を振り回して帰宅した亭主(これがサイレントらしくで笑えるショット)は母を地下室から逃がしてくれる。

救貧院に戻り、子供らとの面会日。赤ん坊に忘れられていて、母はエプロンで作った人形を代わりに抱いて狂ってしまう。たいへんに哀れな描写だった。15年後、成長した息子が訪ねてきて、母が別れの際にトランクに忍ばせた彼女の写真を見せると、母は正気を取り戻し、抱擁する。この気が狂ったり治ったりというのは、昔の常套手法なのだが、どこまで医学的に正しいのかただの文学的紋切型なのか、いつも引っかかってしまう。

これが残念だがその他は良作。先駆的な社会派映画だった。冒頭に明るい市民菜園で遊ぶ家族が映される。こんな昔に市民菜園があったのだと驚かされる。昔らしく三人が配役入りで紹介されるなか、三歳児の子供がとても可愛い。

(評価:★5)

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