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[コメント] 真昼の惨劇(1958/日)

アルコール中毒の悲劇を訴えてハリウッド名作を超えているだろう。突然『シャイニング』になるクライマックスほか、映画的な企みが随所にあるのが素晴らしく、左卜全が浪曲を唸り武智豊子がマンボを踊る脱線もいい。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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一人息子』『煙突の見える場所』で有名な千住火力発電所のおばけ煙突が象徴的に登場する。舞台は対岸、一本の長い長い橋が架かっている。この橋が跨ぐのは隅田川(尾竹橋)か荒川(西新井橋または千住新橋)か。西新井橋だと煙突との位置関係が逆になるから違うだろう。

一家五人は紹介で千葉からバタ屋集落にたどり着く。茣蓙敷いただけの四畳ほどの部屋。暴君の父とこの狭い処で一緒に寝るのは堪らなかっただろう。壁は新聞が貼られ、出入り口辺りは塗炭。共同水道に共同便所。両親は沈み込んでいるが子供三人は明るい。次女の島田典子は炊事洗濯。共同水道での小母さんたちとのやり取りが温かくていい。母の望月優子はご婦人方総出のごみ分別に参加しているが、亭主が仕事しなくなるとニコヨンに出る。長女の青柳寿恵はアルバイト。学校には行かない。父には給料前借に来るから住所を教えない、というやり取りがある。

福原秀雄はくず拾い。帽子の下に手ぬぐい、火ばさみ片手に大八車曳いて、町中のゴミ箱からも屑拾う。そして居酒屋を通りかかり、アルコール中毒と発覚する。叩き出されて路上で寝て親方に怒られ、同僚の浜村純から「酒呑んでいけないなんて法律はないんだ」という慰めを受ける。こういう同僚ってのはいるものだ。まさに有りがた迷惑で望月は焼酎買いに出るのだが、商店にある「買上は現金で願います」という貼紙が目だっていた。ツケが多い時代だったのだ。

父は酔って母をイジメる。母は子供たちに「いつもの病気が出たんだよ」。この科白、私も母から暴君だった父を評するときに聞かされたフレーズだった。罪を憎んで人を憎まずというニュアンスがある。この映画が発祥とは思われないから、何か有名な出所があったのだろう。

次女のつくる朝飯のおかずは塩だけ。長女は勤めの総菜屋の賄いのコロッケを、持って帰りたいと云って食べない。賀原夏子の女将さんは別に包む。一家で食べていると父が帰宅、みんな緊張する。父は卓袱台ひっくり返し、集落内で母をぶん殴り、母は出て行く。家にいたくないから次女と弟は河原で一日、お化け煙突を見て過ごす。昼には長女がシューマイ貰って来てくれる。なんて寂しい光景だろう。

朝になって母の不在をやっと気づく父。子供に探しにいかせ、橋で待っていて宿屋に預けられた金を子供からくすねて酒。路上に倒れてしまって人に囲まれて冷やかされる。子供らタクシーに頼み込んで家まで戻ったのに殴られる。この展開のリアリティが素晴らしい。

姉妹の表情がさっと無くなる。弟を家から出して、不協和音を奏でていた音楽が消える。沈黙のなか、次女が死んじまえと云い、長女が紐を手に取る。二人とも三つ編みおさげのシンメトリーな髪型がとつぜん別の意味を持ち出す。家の外のエンプティショット、そこにふたりが飛び出す俯瞰。サイレンがとつぜん鳴って音が戻り、三人は逃げる。自首。菅井一郎の刑事に幼い弟は「いいよお父ちゃんなら死んだって」。知った母と抱き合う収束。

歌舞伎座映画。「あるバタヤ部落から取材」と冒頭に字幕があり、繁盛する銀座やらロカビリーを映し、ラストは国会議事堂を映し、貧困は犯罪の温床と指摘する。事件に対しては減刑嘆願運動が起こり、国会でも取り上げられ、市川房江ら衆参婦人議員懇親会による議員立法で「酒に酔って公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律」(酔っ払い防止法)が61年に成立した由(木全公彦氏「異能の日本映画史」)。「酒に酔っている者の行為を規制し、または救護を要する酩酊者を保護する等の措置を講ずること」が定められている。現在も生きている法律。本作はアルコール中毒が病と認知されなかった時代の悲劇という印象が強い。酒呑むために金を求めるのは麻薬と同じ。父は次女に血を売れと迫ったともある。

(評価:★5)

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