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[コメント] ソ満国境 15歳の夏(2015/日)

ソ連参戦、匿う中国人、朝鮮族、フクシマ事故と話題テンコ盛りで纏め切れず、小説より奇なりな事実を描いて奇が過ぎたように見える。良心的なスタンスは判るように思うけど。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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中国に招待された福島の被災者の放送部の高校生5人、引率の大谷英子先生が中国から贈られてきた原作読みながらの進行というテク。作者は当時中三、新京(長春)からクルマで二時間の開拓農場(東寧報国農園)の勤労動員。生徒60人に引率の兵隊(撤退中はいなくなる)と先生金子昇。ただの原っぱに兵舎つくって寝泊まり、翌日から四時起きの開墾農作業。こんなことしたんだなあと学びがある。

作業予定の二カ月過ぎた頃に45年8月9日、銃声がして後退開始、飛行機からボンボン撃ってきて爆弾も炸裂する。当時国境に日本人は20万人いたと説明が入る。避難列車(しかも軍属、満鉄社員専用)はすでになし。次の駅へと避難、路上にはたくさんの老人子供の避難民(日本人が描かれるが、中国人はいたのだろうか)がいるが、学生らに助ける余力はなかった。関東軍の国境防衛部隊の撤退を敵方に察知されないよう、彼等軍服着た生徒たちがカモフラージュのため国境最前線に置き去りにされたのだと、ナレーションは訴えている。

撤退中に無条件降伏を知る。25日にトンキン城のソ連収容所。先生と引き離され建物に収容され施錠、薄い粥だけで50日収容されて突然解放。放浪して中国の村に救われる、ふた班で120人。40戸の村で分散して面倒みてもらう(このとき、主人公たち京城の中学生が中国語を喋っているのだが、これはリアルだったのだろうか)。ときの村長はヌルハチも子供の頃救われたから私も君たちを救ったと語り、朝鮮族の娘との交流していた三村和敬はこれに感銘を受け、自分も朝鮮人と告白して村に残る。立派なこと云うが本当は、朝鮮族の娘と別れられなかったんだろうという含みがあるのが微笑ましい。これが放送部を招待した田中泯のキャメラを前にしての告白、奥さんはそのときの娘。

東日本大震災の被災地。仮設住宅から通学、学校の除染、暑いけど数値が悪いので教室の窓を開けられず。ひとりマスクしている女子が「マスクバカ」と悪口云われている、というのが導入だった。その子も中国に旅して、戻って来てから災害に向き合っていて立派だと褒められる。時を経て国境から撤退する中学生と原発事故で被災した中学生を結ぶ線はすっきり見えない。例えば真っ先に逃げた関東軍を描くのに、真っ先に逃げた東電社員を描かないのは片手落ちに見える(匂わせたというふうにも見えなかった)。朝鮮人の異郷の地での出会いも駆け足気味で、国境を渡る蝶の隠喩もよく判らない。中国人や韓国朝鮮人フクシマ被災者が語られた訳でもない。想いにホンがついていっておらず混乱していると思う。云いたいことは判る気がするけど。

彼等を案内する中国人は、満州は中国では侵略と云われるが鉄道などインフラで街が発展した側面もあるという、よくある両論併記を述べており、三村和敬は韓国朝鮮についても同じ留保をつける。こういう論法は20世紀にはなかったものだ。

学校で除染作業していた夏八木勲はこれら生徒の一員だったと告白し、原発の納品メーカーに勤めていつの間にか被害者が加害者になっていた、除染はその償いなんだと語る。半端な登場なのだが、彼だけ『希望の国』の続編を演じていると思えば納得できる配役だった。軍人役の多かった彼の遺作として相応しいものだった。

(評価:★3)

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