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[コメント] 限りなき前進(1937/日)

もうひとつの小津の傑作。過激派の子供たちはデパートを占拠するに至るが、彼等を軽く受け流す「95銭」轟夕起子と「ルンペン(!)」江川宇礼雄のほうが過激に見える。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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脱落なく残された前半だけで傑作だ。畑仕事する江川に絡む轟の件はいいシーンで、『東京の合唱』や『生まれてはみたけれど』からの倫理観の深化が見られる。最後に般若心経を唱える江川が凄い。この中間点で、前半のギャグ連発がいつの間にか悲劇の科白となっているのが巧み。日当払いを肴にするギャグに含まれたこの無賃帰農の試みは希望なのか絶望なのか。小杉勇との対比に凄みがある。この前振りは脱落した後半で生かされたのだろう。

轟は戦後の丸ぽちゃ顔の頬から脱脂綿を抜いた具合で、一方そのコメディエンヌ振りはすでに完成されている。ときどき彼女のシーンがコマ落としになるが、誰かフィルムを切り抜いたのではないか。鑑賞した「生誕100年・没後50年企画」で配られた資料によると、彼女の宝塚から日活への移籍金3万円は当時の総理大臣の年収の三倍、デパートの日当95銭とはそんな金額。

肝心の後半が脱落多いのは惜しい。ムルナウの『最後の人』(24)の影響顕著だろうと想像される。失業下で眺める普請中の家の件、現実と幻覚の繋ぎの手法、発狂して出社し部長席に腰かけた小杉の件などが決定的に重要で、内田吐夢の剛腕はここで発揮されたに違いなく、ここを観ない限り作品の判断はつきかねるし、観れないのは悲しい。ただ、4点を下ることは考え難い。

私の手元にある資料(「映画史上ベスト200シリーズ 日本映画」キネ旬)によれば、内田が驚いたという戦後の海賊版は、何か追加された訳ではなく、たまたま残存部分を通してみれば、小杉成功の話になったということらしい。執筆者の清水晶氏によれば、内田吐夢他界後、八木保太郎は、清水が申し出た字幕での補足による上映を拒否している。現在観られるフィルムセンター所蔵版に遺族の許可を得たとあるのは、八木も逝去後のことなのだろう。また、字幕にあるラスト、発狂した小杉を宇田川が負ぶって帰る件(宇田川の「親父は過去の人間だ、過去は過去をして葬らしめよだ」という科白を八木が加えた)は、上手く繋がらないので映画ではカットされたと内田の述懐にあるとのこと。原案は小津が「新潮」に発表されており、映画雑誌以外に発表されたのは前代未聞とある。

(評価:★4)

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