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[コメント] 迷走地図(1983/日)

素晴らしかった前作『疑惑』に遠く及ばぬ出来。渡瀬恒彦寺尾聡も造形に熟度がなく、あの桃井かおりの素晴らしい悪役振りと比較するレベルにない。耐える政治家の妻岩下志麻はさすがだが、そっち頑張っても仕方ないだろうにと思う。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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秘書渡瀬恒彦は仕える大臣勝新の妻岩下志麻と不倫関係にあったが、焼却する約束だった彼女からの恋文を全部ストックしており、癌発覚を潮に秘書を辞めてその「野心」を寺尾聡に託し、寺尾は実行に移して勝新は総裁選を降りざるを得なくなる、という本筋。

この教唆犯の渡瀬の造形が貧しい。彼はいったいどういう人物なのか、来歴も思想も岩下への打算の程度も明かされず、ただ貸金庫の手紙で「捨てるには惜しかった。俺の野心が云々。使い道は任せる」と伝えられるだけなので、深みがさっぱりない。『疑惑』の桃井かおりの素晴らしい悪役振りと比較するレベルにない。さらに寺尾も動機不足なうえに清潔過ぎて、保守政党のゴーストライターになり下がった全共闘崩れの何かを見せられていない。石橋蓮司クラスを導入すればもっと何かが生まれただろうに。寺尾の秘書の片桐夕子のほうがフィルモグラフィー上いかにも危険なのだが、彼女が平凡に終わるのも喰い足りない。

そもそもこの女房の不倫事件が、当時の自民党派閥政治の弊害を何も抉っていないのが貧しい。ただスキャンダルを嫌う勢力が他方に転じて数合わせで負けたというだけのことだ。私は高校時代、訳知り顔の社会科教師から、嘘か本当か知らないが、本邦の首相は各派閥領袖の奥様連中のお茶会で決まるノダと教えて貰ったことがある。どうせ与太噺からその位派手だと愉しめたのだが。

ただ、俳優はとてもいい。勝新に恋文を助平に朗読されて、晒しものになった純情を悔し涙でじっとこらえる岩下にはぐっと来た。渡瀬の妻いしだあゆみはここでも眦を決した表出が抜群で岩下といい対決がある。何事もなかったかのように日常に戻る収束はちょっといい。

保守系議員の周辺事情の描写が穿っていていい。昔の安アパートのような扉の議員会館懐かしく、行列をつくる陳情団、息子の就職先斡旋みたいなセコい要望、仕切る秘書。一緒に省庁へ陳情、渋る役人に「こうやって皆さんお運びになっているんだから」「うちの先生の顔を立てて」などという定番フレーズ。邸宅のほうは実力者ゆえの賑わい、朝から記者が詰めて岩下がおにぎり配り、陳情団と記念撮影。政局だ禅定の約束だ総裁選は50憶では足らん、『金環食』キャラ継続の京都の奇怪な資産家宇野重吉松坂慶子ダシにして20憶ゲットして他派閥へ配布。組閣では首相官邸前に記者団のテント村が出来ているが今もやるのだろうか。

序盤の松坂ママが勝新から財界会長内田朝雄への賄賂運搬途中に強奪される件(スローモーションがダサい)は法務大臣大滝秀治の警視総監へのもみ消し指示電話はエゲツないが、サスペンスは放り出され、松坂・内田の痴話喧嘩の前振りに過ぎなかった。パパ内田の東南アジアへのプラント輸出がどうのという本筋はいい加減で、ただ松坂との同衾時のとてもエゲツない顔見せに登場した具合だ。松坂はクラブのホステス早乙女愛とレズっている描写がある。

ハリキリ議員津川雅彦と田舎秘書加藤武の喜劇は面白いが狂笑にまでは至らずヤマサツには及ばない。総裁になるには精力も大事と云われて芸者抱く勝新の件はいいコントになるはずなのに何故か重ったるい。赤ら顔メイクの伊丹十三の角栄模写は頑張っているが外している。タイトルはとても格好よく、この映画にはもったいない。

(評価:★3)

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