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[コメント] 新しき土(1937/日=独)

妙竹林なりに「神道」「日本」「天皇家」を言葉で表そうとする姿勢はさすがヒトラー謁見用の大日本帝國定義集。ラストは酷いが他はいろいろ興味深い。風呂敷抱いて火山突撃の原節子に対し小杉勇はなぜか『銭ゲバ』の唐十郎に激似。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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冒頭、小杉勇の生家の田舎住まいで地震がある。日本人は地震や台風など自然災害によって鍛えられてきたのだ、と説明が入る。穿った意見で、和辻「風土」好みの意見なのだろう(原発被害も含まれるのだろうか)。これを映画は全体の主題としている。

鍵十字と旭日旗が並べられる船内装飾禍々しく、西洋かぶれで帰還した小杉が寺院に入ると声がする。ここの横移動連発は『マリエンバード』タッチでとてもいい撮影である。声は小杉に云う、西洋を学んだらしいが「西洋は徒労を重ねている」「目に見えぬ力を否定する愚は犯すな」そして定義集が始まる。「ひとりの人間は些細な存在だが、先祖代々連なる長い鎖の一片で、その一片が鎖全体の担い手となる。それゆえ過去と未来に責任がある」「父に対する日頃の礼は、全体への感謝に他ならない。その全体の名が、日本だ」。それが日本なのかと私など驚嘆してしまった。別にどこの未開民族でも持っていそうな先祖信仰が大袈裟に述べられているだけである。そのとき巨大に映し出されるのは鎌倉大仏のような仏像。そこは神社でないとおかしいのではないかと思うのだが、小杉は気にせず鐘をついていた。

小杉の(冒頭にも映された)故郷への里帰り、この富士山がよく撮れている。その後噴火するのは富士山なのか違う山なのかはよく判らない。留守中に今度は父の早川雪州がドイツ娘に講釈を始める。「国家は家族で成り立っています。その最上位は天皇家です。天皇家のために我々は死ぬのです」あけすけな日本会議系の講釈。頭のいいドイツ娘は「まるで昔のサムライですね」と冗談にしようとするが、早川は畳みかける。「今も変わりません」迷惑な太眉親父である。

そこに富士山かどうか判らない火山が爆発し、地震が起こる。早川が泰然としているからドイツ娘も努めて取り乱そうとせず我慢している。迷惑だっただろう。そして帰省する娘に早川は云う。「私たちが極東で島を守護しているのを、どうか伝えてほしい」不沈空母発言であろうか。

男女のドラマは養子縁組と家父長制の擁護を主眼とするようだが、よく伝わってこない。原が火山に向かうのは小杉が原を「妹としか思えない」と思っている噂を漏れ聞くからで、フツーの嫉妬劇と同じ。しかもドイツ娘は最初から原に同情的で、特に三角関係の愁嘆場もなくドイツへ帰ってしまった。火山以外で小杉と原が衝突する訳でもない。なんだったのか。

なんだったのか判らぬままに、原は火山へ自殺に向かい、小杉が追う。日本では当時、三原山での自殺・心中ブームがあった訳で、映画は心中とハラキリニッポンと並べるのだろう。なぜ立入禁止にならないのか合点がいかないが、彼の泳ぐ樹の林立した湖、火山のカルデラ、どれも驚異がある。山岳映画専門ってのは何していた人なのだろう。撮影の豪華さだけで見れば『ストロンボリ』より上等(精神的には相当劣る)。仏さんの幻影が火口に出現し、ふたりは救われるのだった。

そして問題の、取って付けたような兵隊付満州新しき土開拓の収束。「全ての父はこの土地で働いてきた。これぞ日本」そこまでは判る。「しかし、日本は狭すぎる」と唐突な提案があり、冒頭の満州開拓。見張る兵隊の頼もしい顔アップで映画は終わる。佐藤忠男(「キネマと号砲」)によれば、もこの収束に伊丹は反対し、ファンクは撤回したと云われるが何故か現存している。ただ、佐藤氏は兵隊がいないと書いているが、私が観たフィルムには登場する。

撮影はとてもいい。冒頭の自転車の影が格好いいし、東京の夜景(東京音頭が流れる)に阪神電車はおかしいが、厳島神社の鹿、ジャズと三味線、大相撲に京踊りに能(有名な出演者もあったのかも知れない)の豪華な夜。前述の寺のマリエンバード風もいい。市川春代は相変わらず可愛くて、何かトリッキーな就寝前の洗顔シーンが愉しい。無駄遣いとしか云いようがない。

ファンクが『忠治売り出す』を観て伊丹を指名したらしく、伊丹は内容に極力抵抗したらしい。ふたりの分担がどうだったのかが気になるところで、いい資料はないのだろうか。そして伊丹版があるらしいが、どこかで観られるのだろうか。日独防共協定は36年11月調印で、本作の撮影中だった由。

(評価:★2)

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