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[コメント] アレックス(2002/仏)

知性溢れる作品。(レビューはラストに言及)
グラント・リー・バッファロー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







時間軸の逆行を非常に賢く利用した作品だと思う。他の方も指摘されていたが、消火器で頭の形が変形するまで殴られていたのはレイプ犯ではなく何の関係もない第三者であったことが、地下道でのレイプ犯登場によって明らかにされる。また、なぜ殴り続けていたのが興奮した被害者女性の恋人ではなくそれを制止していたはずの友人であったか、この点についても時間の逆行によりカップルと彼の関係性や彼自身の人間性が次第に明らかにされていく。一組のカップルの運命も悲劇的であるが、理性的な思考力をもっていたはずの彼が作品中でもっとも非情で残酷な暴力をふるったという経緯も悲劇的であった。

ゲイクラブでの描写、あれはしっかり据えた画面で暴力を描写していったほうが実はより怖かったはずである(殴り続けるシーンは比較的動きがなかったが…)。ぐるぐる旋回する画面によって、あらかじめ尋常ならざる場所という位置づけがなされているため、実は衝撃度が巧妙に弱められていたような気がする。ただあのカメラの動きも、その場での描写を重視するというよりは、その後の展開への布石になっていくという点でとても戦略的なやり方だ。

その場その場の空気を丹念に描写していくというよりは、作品全体の統一性を重視していく。その姿勢はスタンリー・キューブリックに近いものだろう。衝撃的なシーンが目立つが、全体を通したらとても知性的な作品であると思う。ただ、『カルネ』のような皮膚感覚に直接訴える作風からは(表面上の趣きとは裏腹に)遠のいてしまったような感じがする。わざわざ『カルネ』『カノン』の主役であるフィリップ・ナオンを冒頭に登場させたのは、前作までのテーマ性を継続させるという意味かとはじめは思っていたが、むしろそれまでのテーマとは別のことをやるという意思表明の顕れだったのかもしれない。

ギャスパー・ノエの新たな出発といったところなのだろうが、『カルネ』が好きな私には今回は少し受け入れ難いものを感じた。『カルネ』や『カノン』の警告画面と本作での光の明滅とは、観客への挑発という意味では似ているようにも見えるが、それ以上にあの光の明滅にはキューブリックにも似た、まがまがしい支配欲と全体性への帰依のような価値観が見出され、そこにはどうにも不快感を禁じえなかった。とはいえ、印象に残る作品ではある。

※個人的に作品中で一番クレイジーだと思ったのは、レイプシーンや暴力シーンではなく、モニカ・ベルッチの着ていたあのドレスである。

(評価:★3)

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